バカはどんな職業にも、いつの世にもいるもんだ
福島の原発汚染地域から避難してきた子供が、○○菌と呼ばれるなど、学校でいじめを受けたという。
彼は先生に相談すればきっと何とかしてくれるだろうと、担任の先生に相談した。すると信じられないことに、その先生自身が彼を「○○菌」と呼んだという。
それを聞いた両親は学校側に抗議、校長先生らはきちんと謝ってくれたが、当の担任は、
「いや~、そのぉ~、ばい菌の菌じゃなくてキングのキンですぅ」
など、訳の分からない言い訳に終始したという。
世の中に何が起ころうともそんなの関係ない、のほほんと生きている女、くうみんだが似たような苦い記憶を思い出した。
くうみんも担任によっていじめがエスカレートした経験があった。
あれは忘れもしない小学校3年の音楽の授業だった。小学校と言うのは担任が何でも教えてくれるものだが、音楽や家庭科など、できない先生もいるのでそんなときは他の先生が教えに来ることがある。その時も担任ではなく、他の先生が来ていた。
「だるまさんが転んだとか、そういう歌を知っていますか?」
先生の呼びかけにみんな一斉に手を挙げた。幼いくうみんも、負けじと手を挙げた。
「はい!はい!」
「はい、くうみんさん」
「あの、おせんべ焼けたかな、ってのがあります」
「へ?なんですか、それは?」
くうみんはこういう歌ですと説明したが、先生は全くわかららないようだった。業を煮やしたくうみんは、つい、言ってしまった。
「おせんべだよ~」
今ならそんなに乱暴な口利きとは思えないが、小学校3年はまだ子供、子供は潔癖。こんな口の利き方は言語道断なのだ。
「先生に向かって!!」
と、みんな驚いた。音楽の授業が終わって、担任のS先生が教室に入って来た。
「くうみんさん、○○先生に、おせんべだよ、なんていったんですよ~」
誰かがさっそくS先生に言いつけた。
「そんなことを言うと、長屋のおかみさんてあだ名をつけるぞ」
それを聞いて誰よりも喜んだクソガキがいた。
「これは面白い!!」
私ばかりをいじめるS・Hという男だ。
それからS・Hはくうみんと顔を合わせるたびにはやし立てた。
「長屋のおかみさん!長屋のおかみさん!」
さすがにS担任もまずいと思ったのか、S・Hに注意すると、
「長屋がダメならバタ屋のおかみだ!!」
と、とどまるところを知らなかった。
くうみんはこの時本当に長屋のようなボロボロの家に住んでいた。水道トイレは共同で、ガスも一口コンロが一つだけ。玄関に立てばすべてが見渡せる程度の広さの家。
奴はこの事も知っていたので、「ぴったりのあだ名」と思ったらしい。
この場合、このクソガキよりも恨みに思うのこんなあだ名をつけた担任の方だ。恨みに恨み、親にも相談し、学校側に言ってもらいもしたが、結局奴が転校するまでそれは続いた。
あと、もう一つ。小学校5年のときだった。くうみんは成績は悪いが、絵を描くのがうまかった。だから図画工作は結構成績が良かった。しかし何か病気(はしかと思う)をして長期に学校を休んだことがあって、作品を一つ出すことができなかった。それで図画工作の成績が下がったのだが、父が納得できないと担任のO先生に抗議するという。
「おとうさん、やめてよ、私が提出していないのがあるんだから」
くうみんは父に言った。
でも、父はO先生に抗議した。O先生は理由をきちんと父に説明したらしい。そして父は納得したのかどうか知らないが、それで終わりになるはずが…
「この間先生はひどい目に遭いました!」
O先生がみんなの前で話し始めた。
「ある父兄から、うちの子の図画工作の成績が悪いのはおかしいって言われたんです。でも、その子は、作品を出していなかったんです。だからどんなにうまくても点数は足りません。皆さん、どう思います?」
「それはその子が悪いと思いま~す」
「出してもいないのにいい成績はつけられませ~ん」
子供くうみんは目の前が真っ暗になった気がした。みんな口々に「その子が悪い」と言っている。くうみんは教室の片隅で体を固くしているしかなかった。
家に帰って父に「こんなことがあった!もうやめてよ!」と泣いて訴えた。
でも、O先生、なぜこんな復讐をしたんだろう?私が親に言いつけたとでも思ったのかな?みんなの前で弾劾するようなことはしないで、職員室にそっと呼び出して、
「お父さんは納得してくれたかしら?」
とでも聞きだすのがせいぜいしていいことじゃないかしら?
そんなことがあったせいか、くうみんは中学高校に通うようになっても、どうも先生と言うのは信用できない、尊敬できない存在となってしまった。でも、高校は私立だったせいか、ユニークな先生もいた。悪い中にも例外はあるものだ。
くうみんに、「長屋のおかみさん」というあだ名をつけたS先生は、20年ほど前だったか、舌癌を克服したと言ってY新聞の家庭欄に載っていた。明るい笑顔のその写真は、やけに得意げに見えた。
くうみんを先生嫌いにしたあの二人の先生方は今どうしているか、福島から避難してきた子に対するいじめ問題を見てふと思った。
S先生、O先生、そして今回の先生。先生方、大人じゃないね。
バカはどんな職業にも、いつの世にも、いるもんだ。
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彼は先生に相談すればきっと何とかしてくれるだろうと、担任の先生に相談した。すると信じられないことに、その先生自身が彼を「○○菌」と呼んだという。
それを聞いた両親は学校側に抗議、校長先生らはきちんと謝ってくれたが、当の担任は、
「いや~、そのぉ~、ばい菌の菌じゃなくてキングのキンですぅ」
など、訳の分からない言い訳に終始したという。
世の中に何が起ころうともそんなの関係ない、のほほんと生きている女、くうみんだが似たような苦い記憶を思い出した。
くうみんも担任によっていじめがエスカレートした経験があった。
あれは忘れもしない小学校3年の音楽の授業だった。小学校と言うのは担任が何でも教えてくれるものだが、音楽や家庭科など、できない先生もいるのでそんなときは他の先生が教えに来ることがある。その時も担任ではなく、他の先生が来ていた。
「だるまさんが転んだとか、そういう歌を知っていますか?」
先生の呼びかけにみんな一斉に手を挙げた。幼いくうみんも、負けじと手を挙げた。
「はい!はい!」
「はい、くうみんさん」
「あの、おせんべ焼けたかな、ってのがあります」
「へ?なんですか、それは?」
くうみんはこういう歌ですと説明したが、先生は全くわかららないようだった。業を煮やしたくうみんは、つい、言ってしまった。
「おせんべだよ~」
今ならそんなに乱暴な口利きとは思えないが、小学校3年はまだ子供、子供は潔癖。こんな口の利き方は言語道断なのだ。
「先生に向かって!!」
と、みんな驚いた。音楽の授業が終わって、担任のS先生が教室に入って来た。
「くうみんさん、○○先生に、おせんべだよ、なんていったんですよ~」
誰かがさっそくS先生に言いつけた。
「そんなことを言うと、長屋のおかみさんてあだ名をつけるぞ」
それを聞いて誰よりも喜んだクソガキがいた。
「これは面白い!!」
私ばかりをいじめるS・Hという男だ。
それからS・Hはくうみんと顔を合わせるたびにはやし立てた。
「長屋のおかみさん!長屋のおかみさん!」
さすがにS担任もまずいと思ったのか、S・Hに注意すると、
「長屋がダメならバタ屋のおかみだ!!」
と、とどまるところを知らなかった。
くうみんはこの時本当に長屋のようなボロボロの家に住んでいた。水道トイレは共同で、ガスも一口コンロが一つだけ。玄関に立てばすべてが見渡せる程度の広さの家。
奴はこの事も知っていたので、「ぴったりのあだ名」と思ったらしい。
この場合、このクソガキよりも恨みに思うのこんなあだ名をつけた担任の方だ。恨みに恨み、親にも相談し、学校側に言ってもらいもしたが、結局奴が転校するまでそれは続いた。
あと、もう一つ。小学校5年のときだった。くうみんは成績は悪いが、絵を描くのがうまかった。だから図画工作は結構成績が良かった。しかし何か病気(はしかと思う)をして長期に学校を休んだことがあって、作品を一つ出すことができなかった。それで図画工作の成績が下がったのだが、父が納得できないと担任のO先生に抗議するという。
「おとうさん、やめてよ、私が提出していないのがあるんだから」
くうみんは父に言った。
でも、父はO先生に抗議した。O先生は理由をきちんと父に説明したらしい。そして父は納得したのかどうか知らないが、それで終わりになるはずが…
「この間先生はひどい目に遭いました!」
O先生がみんなの前で話し始めた。
「ある父兄から、うちの子の図画工作の成績が悪いのはおかしいって言われたんです。でも、その子は、作品を出していなかったんです。だからどんなにうまくても点数は足りません。皆さん、どう思います?」
「それはその子が悪いと思いま~す」
「出してもいないのにいい成績はつけられませ~ん」
子供くうみんは目の前が真っ暗になった気がした。みんな口々に「その子が悪い」と言っている。くうみんは教室の片隅で体を固くしているしかなかった。
家に帰って父に「こんなことがあった!もうやめてよ!」と泣いて訴えた。
でも、O先生、なぜこんな復讐をしたんだろう?私が親に言いつけたとでも思ったのかな?みんなの前で弾劾するようなことはしないで、職員室にそっと呼び出して、
「お父さんは納得してくれたかしら?」
とでも聞きだすのがせいぜいしていいことじゃないかしら?
そんなことがあったせいか、くうみんは中学高校に通うようになっても、どうも先生と言うのは信用できない、尊敬できない存在となってしまった。でも、高校は私立だったせいか、ユニークな先生もいた。悪い中にも例外はあるものだ。
くうみんに、「長屋のおかみさん」というあだ名をつけたS先生は、20年ほど前だったか、舌癌を克服したと言ってY新聞の家庭欄に載っていた。明るい笑顔のその写真は、やけに得意げに見えた。
くうみんを先生嫌いにしたあの二人の先生方は今どうしているか、福島から避難してきた子に対するいじめ問題を見てふと思った。
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