久々の登山 立山へ 地獄編
山の朝は早い。5時半になると
「朝食です」
と、おやぢのアシスタントが知らせに来ます。
「おいっ、電話だ!」
「味噌汁運べ!」
おやぢに怒鳴られるたび、アシスタントは
「は、はい!ただいま!」
と、サササと体を動かします。
寡黙な30代と思われるなかなかいい男です。きっと二代目おやぢになるのでしょう。
どんな仕事もそうですが、山小屋も誰でもできるというわけではなく、接客、食事の手配、そして一番大事な登山客の生命の確保ができなければなりません。
ご飯を食べ終わったくうみんは悩みました。足を痛めたので予定通りにするかしないか…
「どうしようかなあ」
「俺はどっちでもいいよ」
昨日より痛みは軽くなっている。でも、これから長いし…10日後には10キロマラソンがある。それに出て、今度は3位以内に入ろうと今まで練習してきた。足をダメにしたら出られなくなる…やめておこう、おやぢさんにエスケープルートを聞いて、もう帰ることにしよう。
山小屋のおやぢさんに黒四ダムまで抜ける道を聞いて、帰ることにしました。
「大丈夫かね?」
「大丈夫です」
よく聞く会話ですが、大丈夫も何も、全身骨折で動けないならヘリを呼びますが、山の中でタクシー呼べるわけじゃなし、自分で歩く以外ないではありませんか。
朝7時17分出発。
教えられた道は予想以上の悪路で、まともな道と言えるのは全体の3割あったかどうか。ゴロゴロと大きな石だらけの坂を登ったり降りたりを繰り返し、痛い右足をかばっているうちに左の方が痛くなっていきました。

幅30センチくらいしかない橋。おじさんはこういうのが苦手だ

川原に咲いていたエーデルワイスの仲間と思われる花

これが道…

きれいな湿原が見えました。内蔵助平(くらのすけだいら)です。ここに木道でもあるのかと期待していましたが

内蔵助平は見るだけでやっぱりこんな道…
そのうちに雨が降ってきたので、雨のしのげる木陰に避難し、「クリーム玄米ブラン」で、昼食、コーヒーを飲みながら地図を見ていると、後ろから若い男性が来ました。
これ、手軽に食べられて助かった…マジ、美味しかったです
「すみません、こんな所で…通れますか?」
「大丈夫ですよ」
「私たちこの地図で言うとどこにいるんですか?」
「沢はまだ越えていないから…ここら辺ですね」
指し示したそこは、目的地までの行程のまだ半分ちょっとしか行っていません。
「まだそんなところですか?」
ここまで4時間かかっています。
「あと3時間ですね」
「ありがとうございます」
男性を見送り、呆然としました。右足も痛いのに、左足がますます痛くなっている。普通の人が3時間なら、くうみんはどれくらいかかるのか?
「今11時だ。俺たちなら4時間かかるだろうけど、そんなに遅くならないだろう」
「そうだね、今日はどこか、温泉に泊まろうよ」
「そうしよう」
浴衣を着てお風呂に入ってビールを一杯。この際高くてもいい、食事の時もビールを頼もう。
自分のそんな姿を想像して、また悪路を歩き続けました。
普段足弱なおじさんは、早く行ったほうが足でまといにならないだろうと思ったのか、先に行ってしまいました。
だれの姿も見えない道、足の痛みは増すばかり。
「痛い!!」
踏み出すたびに痛くて、くうみんは泣けてきました。
硬い石の道、鎖場、ロープ渡し…
道幅が10センチもない一箇所がありました。これをどうやって渡れというのか?ロープが渡してあるけれど、たるみ具合からいって、くうみんの身長ではロープを命綱にしたら、足が届かない。
宙ぶらりんになりながらここを渡るのか?この痛い足でどうやって踏みしめればいいのか?
「怖いよ~、怖いよ~」
くうみんはこの時確かに泣いていました。でも涙は出ない。あくびなんかの反射で、悲しくないのに出る涙もあれば、悲しくても出ない涙もあると、この時知りました。
そこをどうやって渡ったか、今は憶えていません。涙の出ない泣き顔でただひたすら痛い足を前に出し、前進していきました。
おじさんは時々立ち止まって、こちらを見ていましたが、大丈夫そうだと思うとまた前に行って見えなくなってしまいます。
でも、おじさんに足が痛いといったところで、頑張るしかない…心配かけさせるだけだ…
山の中では自分で歩くしかないのです。棄権はできません。これがマラソンと違うところです。
途中でまたおじさんと合流、そしてまた離れることを繰り返し、標準的タイムなら7時間、休憩時間を入れて8時間だから、
「3時までには」
と思っていたのが、足の痛みで思うように歩けずに、
「4時までには」
になり、そしてこのままいくと、最終の5時半のバスに乗ることになる、温泉は無理だということになりました。
「それじゃ、松本か長野のビジホに泊まって居酒屋にでも行こうよ」
「そうだな」
最近のビジホには、大浴場が付いているところもある。そういうところを探そう。
お風呂でさっぱりしたあと、居酒屋で一杯やっているくうみんを想像…

もうすぐダム…
黒四ダムの下に着いたのが夕方5時5分、黒四ダム駅を目指し、登りましたが途中で暗くなってきました。おじさんはヘッドライトを装着します。
5時半になり、上の方から放送が聞こえます。
「最終の扇沢行きバスが出ます。ご利用のお客様はいらっしゃいますか?」
「もう無理だな」
「うん」
温泉旅館に行くこともも、街中のビジホに泊まることも叶わないと悟り、浴衣でくつろいでいるくうみんの姿がガラガラと崩れていきました。
ここに至っては一番近い宿、「ロッジくろよん」に泊まるしかありません。
「電話番号分かるのかよ?」
「えっと、確か」
黒四ダム駅で貰った地図に電話番号が書いてあったはず。あった!持ってて良かった!
携帯で連絡します。
「もしもし、今から泊まりたいんですが、空いてますか?」
おやぢさんが出ました。
「ガラガラです」
「2名お願いします。食事も!」
助かった!
黒四ダム駅に着いたときにはもう6時近くになっていました。誰もいない駅には鍵がかかって、入れなくなっています。
深夜到着の方はこちらへ、という案内に従って進みます。
真っ暗な黒四ダム、昼間の喧騒が夢みたいな暗く沈んだ闇の中。所々に光が見えるのは、人の文明輝くところ。営林所か、ダム管理事務所か…
ダムを過ぎ、吊り橋を渡り、真っ暗な道を小さなヘッドライトの光を頼りにひたすら進む。何も見えない。狐や狸に化かされているんじゃないのか?
そのうち、前方に光が見えるようになりました。だんだん近づいてくる。眩しい光のシャワーが、目に入る。目を開けていられないくらい明るい…
入口の看板が見えました。
ロッジくろよん…
到着したのは6時40分。真砂沢ロッジを出て、実に11時間30分ほどもかかってしまいました。
続く
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「朝食です」
と、おやぢのアシスタントが知らせに来ます。
「おいっ、電話だ!」
「味噌汁運べ!」
おやぢに怒鳴られるたび、アシスタントは
「は、はい!ただいま!」
と、サササと体を動かします。
寡黙な30代と思われるなかなかいい男です。きっと二代目おやぢになるのでしょう。
どんな仕事もそうですが、山小屋も誰でもできるというわけではなく、接客、食事の手配、そして一番大事な登山客の生命の確保ができなければなりません。
ご飯を食べ終わったくうみんは悩みました。足を痛めたので予定通りにするかしないか…
「どうしようかなあ」
「俺はどっちでもいいよ」
昨日より痛みは軽くなっている。でも、これから長いし…10日後には10キロマラソンがある。それに出て、今度は3位以内に入ろうと今まで練習してきた。足をダメにしたら出られなくなる…やめておこう、おやぢさんにエスケープルートを聞いて、もう帰ることにしよう。
山小屋のおやぢさんに黒四ダムまで抜ける道を聞いて、帰ることにしました。
「大丈夫かね?」
「大丈夫です」
よく聞く会話ですが、大丈夫も何も、全身骨折で動けないならヘリを呼びますが、山の中でタクシー呼べるわけじゃなし、自分で歩く以外ないではありませんか。
朝7時17分出発。
教えられた道は予想以上の悪路で、まともな道と言えるのは全体の3割あったかどうか。ゴロゴロと大きな石だらけの坂を登ったり降りたりを繰り返し、痛い右足をかばっているうちに左の方が痛くなっていきました。

幅30センチくらいしかない橋。おじさんはこういうのが苦手だ

川原に咲いていたエーデルワイスの仲間と思われる花

これが道…

きれいな湿原が見えました。内蔵助平(くらのすけだいら)です。ここに木道でもあるのかと期待していましたが

内蔵助平は見るだけでやっぱりこんな道…
そのうちに雨が降ってきたので、雨のしのげる木陰に避難し、「クリーム玄米ブラン」で、昼食、コーヒーを飲みながら地図を見ていると、後ろから若い男性が来ました。
![]() 自然なおいしさにこだわり、粗切にカットした完熟ブルーベリー果肉を使用したフルーティで甘酸... |
これ、手軽に食べられて助かった…マジ、美味しかったです
「すみません、こんな所で…通れますか?」
「大丈夫ですよ」
「私たちこの地図で言うとどこにいるんですか?」
「沢はまだ越えていないから…ここら辺ですね」
指し示したそこは、目的地までの行程のまだ半分ちょっとしか行っていません。
「まだそんなところですか?」
ここまで4時間かかっています。
「あと3時間ですね」
「ありがとうございます」
男性を見送り、呆然としました。右足も痛いのに、左足がますます痛くなっている。普通の人が3時間なら、くうみんはどれくらいかかるのか?
「今11時だ。俺たちなら4時間かかるだろうけど、そんなに遅くならないだろう」
「そうだね、今日はどこか、温泉に泊まろうよ」
「そうしよう」
浴衣を着てお風呂に入ってビールを一杯。この際高くてもいい、食事の時もビールを頼もう。
自分のそんな姿を想像して、また悪路を歩き続けました。
普段足弱なおじさんは、早く行ったほうが足でまといにならないだろうと思ったのか、先に行ってしまいました。
だれの姿も見えない道、足の痛みは増すばかり。
「痛い!!」
踏み出すたびに痛くて、くうみんは泣けてきました。
硬い石の道、鎖場、ロープ渡し…
道幅が10センチもない一箇所がありました。これをどうやって渡れというのか?ロープが渡してあるけれど、たるみ具合からいって、くうみんの身長ではロープを命綱にしたら、足が届かない。
宙ぶらりんになりながらここを渡るのか?この痛い足でどうやって踏みしめればいいのか?
「怖いよ~、怖いよ~」
くうみんはこの時確かに泣いていました。でも涙は出ない。あくびなんかの反射で、悲しくないのに出る涙もあれば、悲しくても出ない涙もあると、この時知りました。
そこをどうやって渡ったか、今は憶えていません。涙の出ない泣き顔でただひたすら痛い足を前に出し、前進していきました。
おじさんは時々立ち止まって、こちらを見ていましたが、大丈夫そうだと思うとまた前に行って見えなくなってしまいます。
でも、おじさんに足が痛いといったところで、頑張るしかない…心配かけさせるだけだ…
山の中では自分で歩くしかないのです。棄権はできません。これがマラソンと違うところです。
途中でまたおじさんと合流、そしてまた離れることを繰り返し、標準的タイムなら7時間、休憩時間を入れて8時間だから、
「3時までには」
と思っていたのが、足の痛みで思うように歩けずに、
「4時までには」
になり、そしてこのままいくと、最終の5時半のバスに乗ることになる、温泉は無理だということになりました。
「それじゃ、松本か長野のビジホに泊まって居酒屋にでも行こうよ」
「そうだな」
最近のビジホには、大浴場が付いているところもある。そういうところを探そう。
お風呂でさっぱりしたあと、居酒屋で一杯やっているくうみんを想像…

もうすぐダム…
黒四ダムの下に着いたのが夕方5時5分、黒四ダム駅を目指し、登りましたが途中で暗くなってきました。おじさんはヘッドライトを装着します。
5時半になり、上の方から放送が聞こえます。
「最終の扇沢行きバスが出ます。ご利用のお客様はいらっしゃいますか?」
「もう無理だな」
「うん」
温泉旅館に行くこともも、街中のビジホに泊まることも叶わないと悟り、浴衣でくつろいでいるくうみんの姿がガラガラと崩れていきました。
ここに至っては一番近い宿、「ロッジくろよん」に泊まるしかありません。
「電話番号分かるのかよ?」
「えっと、確か」
黒四ダム駅で貰った地図に電話番号が書いてあったはず。あった!持ってて良かった!
携帯で連絡します。
「もしもし、今から泊まりたいんですが、空いてますか?」
おやぢさんが出ました。
「ガラガラです」
「2名お願いします。食事も!」
助かった!
黒四ダム駅に着いたときにはもう6時近くになっていました。誰もいない駅には鍵がかかって、入れなくなっています。
深夜到着の方はこちらへ、という案内に従って進みます。
真っ暗な黒四ダム、昼間の喧騒が夢みたいな暗く沈んだ闇の中。所々に光が見えるのは、人の文明輝くところ。営林所か、ダム管理事務所か…
ダムを過ぎ、吊り橋を渡り、真っ暗な道を小さなヘッドライトの光を頼りにひたすら進む。何も見えない。狐や狸に化かされているんじゃないのか?
そのうち、前方に光が見えるようになりました。だんだん近づいてくる。眩しい光のシャワーが、目に入る。目を開けていられないくらい明るい…
入口の看板が見えました。
ロッジくろよん…
到着したのは6時40分。真砂沢ロッジを出て、実に11時間30分ほどもかかってしまいました。
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