抗がん剤の思い出 トホホな日々
くうみんが抗癌剤を開始したのは術後2か月経ってからでした。本当は全摘の再手術をしなければならなかったのですが、決心がつかず、抗がん剤を先にしてもらったのです。前門の虎、後門の狼と言う感じの苦渋の選択でした。
抗がん剤開始の前に薬の説明があります。なるべく体に負担のかからない薬を使ってもらおうと図書館やネットで調べて行きました。
しかし、患者は自分で薬を選べないと言うことでした。よくわからない薬を使うのは危険だと言うことで、病院ごとに決まっているとのこと。この病院ではくうみんの調べた中では一番心肺に影響がある「AC療法」でした。
「これ、心肺にえらい影響がありますよね」
「影響ない範囲でするから大丈夫」
影響のない範囲でするなら、大丈夫か。そう思ったのですが医者の言う「影響のない範囲」と言うのは「死なない範囲」と言う意味だと言うことは後で知りました。
抗がん剤点滴当日、スポーツウーマンくうみんはフィットネスクラブに行って筋トレしましたが、まるで酒を飲んでから運動をしたようにドキドキしました。今後点滴当日の運動はなしにしました。
気持ち悪くなるのは当日よりも2日後。頭もボーっとしています。その後だんだんと治まっていき、2回目以降の点滴では、気分が悪くなることもなく、気分不快の薬も必要なくなりました。焼き芋を食べ過ぎて、ちょっと胸焼けがする、と言う程度です。
髪の毛は2週間くらいたってから抜け始めました。頭がかゆいので髪の毛を引っ張ったら、何本かまとめて抜けました。
何日かするとずぼずぼ抜けるようになるのですが、髪の毛と言うのは意外としぶとく残るもので全禿になるまで2週間くらいかかりました。髪の毛が抜けて掃除が大変と聞いていたのですが、お風呂に入った時や、洗面所に向かった時にブラシを当てて抜け毛を取るようにしたのでそんなに散らかさずに済みました。
全禿になるまでは落ち武者のようでした。フィットネスクラブのお風呂ではそんなくうみんの姿に驚いて、後じさりする人もいましたが、そのうちに見慣れて、誰も見なくなりました。
運動するときは胸の傷保護のため、薄手の腹巻をしました。これは非常に快適で、今でもランニングの時はまいています。ランニングをしている人はわかると思いますが、女性は胸が揺れて胸の下の部分が擦れるのです。だからワセリンを塗って保護するのですが腹巻をすると揺れが大変少なくなります。ぜひお試しください。
ACでは、髪の毛は抜けましたが、眉毛には影響がありませんでした。しかし、パクリタキセルでは、髪の毛はうっすらと生えてきたものの、眉毛が抜けていきました。薬によって抜けるところが違うのです。他の人も同じです。不思議です。
当然ですが、鼻毛もなくなります。体毛すべてが抜け落ちます。
パクリは倦怠感がひどく、点滴当日は何をする気も起りません。ACの副作用は薬で何とかなるものの、パクリの副作用、「倦怠感」はどうにもなりません。
そのほか、爪が弱くなって黒ずむ、口内炎ができて痛い、そういった症状もありました。
普通ACは3週間ごとに行うのですが、薬に過敏だったらしく3週間では白血球の数値が基準以上になりません。3回目からは、はじめから4週ごとの点滴に決まります。週一のパクリも2回続けてできないことがありました。3回続けてできないか?微妙だったこともありましたが、それはありませんでした。
「2回続けてできないって、よくあるんですか?」
「たまにあります」
「じゃ、3回続けてできないと言うのは…」
「めったにありません」
その時はまだ抗癌剤の後遺症のことまで考えていませんでした。それよりも、
「抗がん剤が終わったら、全摘の再手術しなけりゃならないんだよなあ」
そっちの方が悩みでした。
抗がん剤治療が延期になるたび、
「ちちをちょん切るのが遅くなった」
と、ほっとしたものです。
全摘なんて、気にしないと言う人も多いようですが、くうみんには受け入れ難いことでした。せめて早いうちに再建できればこんなに悩まなかったのですが、再建は5年待ってからと言われていました。
「トホホ…」
点滴中は大好きな水戸黄門の再放送を見つつ、これからどうしようと天を仰いだものでした。
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抗がん剤開始の前に薬の説明があります。なるべく体に負担のかからない薬を使ってもらおうと図書館やネットで調べて行きました。
しかし、患者は自分で薬を選べないと言うことでした。よくわからない薬を使うのは危険だと言うことで、病院ごとに決まっているとのこと。この病院ではくうみんの調べた中では一番心肺に影響がある「AC療法」でした。
「これ、心肺にえらい影響がありますよね」
「影響ない範囲でするから大丈夫」
影響のない範囲でするなら、大丈夫か。そう思ったのですが医者の言う「影響のない範囲」と言うのは「死なない範囲」と言う意味だと言うことは後で知りました。
抗がん剤点滴当日、スポーツウーマンくうみんはフィットネスクラブに行って筋トレしましたが、まるで酒を飲んでから運動をしたようにドキドキしました。今後点滴当日の運動はなしにしました。
気持ち悪くなるのは当日よりも2日後。頭もボーっとしています。その後だんだんと治まっていき、2回目以降の点滴では、気分が悪くなることもなく、気分不快の薬も必要なくなりました。焼き芋を食べ過ぎて、ちょっと胸焼けがする、と言う程度です。
髪の毛は2週間くらいたってから抜け始めました。頭がかゆいので髪の毛を引っ張ったら、何本かまとめて抜けました。
何日かするとずぼずぼ抜けるようになるのですが、髪の毛と言うのは意外としぶとく残るもので全禿になるまで2週間くらいかかりました。髪の毛が抜けて掃除が大変と聞いていたのですが、お風呂に入った時や、洗面所に向かった時にブラシを当てて抜け毛を取るようにしたのでそんなに散らかさずに済みました。
全禿になるまでは落ち武者のようでした。フィットネスクラブのお風呂ではそんなくうみんの姿に驚いて、後じさりする人もいましたが、そのうちに見慣れて、誰も見なくなりました。
運動するときは胸の傷保護のため、薄手の腹巻をしました。これは非常に快適で、今でもランニングの時はまいています。ランニングをしている人はわかると思いますが、女性は胸が揺れて胸の下の部分が擦れるのです。だからワセリンを塗って保護するのですが腹巻をすると揺れが大変少なくなります。ぜひお試しください。
ACでは、髪の毛は抜けましたが、眉毛には影響がありませんでした。しかし、パクリタキセルでは、髪の毛はうっすらと生えてきたものの、眉毛が抜けていきました。薬によって抜けるところが違うのです。他の人も同じです。不思議です。
当然ですが、鼻毛もなくなります。体毛すべてが抜け落ちます。
パクリは倦怠感がひどく、点滴当日は何をする気も起りません。ACの副作用は薬で何とかなるものの、パクリの副作用、「倦怠感」はどうにもなりません。
そのほか、爪が弱くなって黒ずむ、口内炎ができて痛い、そういった症状もありました。
普通ACは3週間ごとに行うのですが、薬に過敏だったらしく3週間では白血球の数値が基準以上になりません。3回目からは、はじめから4週ごとの点滴に決まります。週一のパクリも2回続けてできないことがありました。3回続けてできないか?微妙だったこともありましたが、それはありませんでした。
「2回続けてできないって、よくあるんですか?」
「たまにあります」
「じゃ、3回続けてできないと言うのは…」
「めったにありません」
その時はまだ抗癌剤の後遺症のことまで考えていませんでした。それよりも、
「抗がん剤が終わったら、全摘の再手術しなけりゃならないんだよなあ」
そっちの方が悩みでした。
抗がん剤治療が延期になるたび、
「ちちをちょん切るのが遅くなった」
と、ほっとしたものです。
全摘なんて、気にしないと言う人も多いようですが、くうみんには受け入れ難いことでした。せめて早いうちに再建できればこんなに悩まなかったのですが、再建は5年待ってからと言われていました。
「トホホ…」
点滴中は大好きな水戸黄門の再放送を見つつ、これからどうしようと天を仰いだものでした。
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