信じられない出来事

 7月6日、おじさんはかつて同じ事務所で働いていた仲間と一泊旅行に行くことになっていた。前々から、ビールや飲み物の手配を喜々としてやっていた。6日11時頃、
「明日の昼は海鮮丼を食べてくるから夕飯はご飯じゃないものね」
 そう言って出て行った。

 一人の夕食を終え、眠りに入った。何となく電話の音がする。しつこく鳴っている。なんだろう、こんな時間に。
「はい」
「おじさんが、大変なんです!」
「えっ」
「風呂場で倒れているのが見つかって…生死の境をさまよっています!!」

 とるものもとりあえず、身支度をしていると、また電話が鳴ったので出ると、処置していると言う医師からだった。
「かなり厳しい状態です」
「そうですか、判りました」
 おじさんの先祖の祭壇に行って声をかけた。
「おじさんを守ってあげて!」

 お金を手提げに入れて近くのタクシー乗り場に駆けて行った。
「長距離お願いします。O市立病院まで」
 時計を見ると、1時30分頃だった。厳しいと言っても、大丈夫、きっと助かる。
「おじさん、こっちだよ、あっちへ行っちゃいけないよ」

 千葉県から東京をはさんだ県にあるO市立病院には2時45分ごろ着いた。一緒に行った仲間が、玄関先で待っていた。簡単に挨拶して案内された部屋に入ると、看護師がおじさんに心臓マッサージをしていた。
「おじさん、こっちに帰っておいで」 
耳元でささやいた。
 そばにいた医師が、
「心臓マッサージをやめると心臓は止まってしまいます。どうしますか?」
どうしますかって…
「もういいです」

 心臓マッサージをやめると、心電図が平坦になり、おじさんの死亡が確認された。自然死ではないので警察の解剖を受けることになり、おじさんはシートに包まれて車で運ばれた。
 葬儀の手配もすることになり、おじさん父やくうみん父の世話になった葬儀屋さんをお願いすることにした。警察官のスマホで電話番号を調べてもらった。

 私はパトカーで駅まで送ってもらい、始発電車に乗って家に帰った。家に帰るとおじさんのおねえさんにおじさんの死を伝え、警察からの連絡を待った。
 しかしその日、七日におじさんは帰れず、葬儀屋さんは8日夕方になりそうだと言った。
 おじさんは税理士だった。ハタと思った。7月10日は源泉税納付の日、ほとんどの顧問先は終わっていたけれど、6日に遅れてきた資料があった。
 仕事に穴を開けてはならない。かねてよりおじさんに万一のことがあったら、A税理士と、B税理士に相談するように、言われていた。A税理士に連絡の上、行くことにした。そこにおじさんが葬儀屋さんと共に帰って来た。葬儀屋さんに説明した。
「今、大事な用事がありますので、出かけますが、お姉さん達がいますので作業は進めてください」
 そう言って雨の中、自転車をこいでA税理士のもとに行った。

急いで帰ると、葬儀屋さんは、ふすまの向こうでおじさんの処置をしていて、こちらで用意した服を着せていた。
 腐敗を防ぐため、ドライアイスを体の上に置いて、冷房をかけた。

 おじさんのお姉さん二人が尋ねた。
「くうみんさん、遠慮しないでいいのよ。いた方がいい?それとも帰った方がいい?」
「すみません、帰ってください」
「ひとりで大丈夫?」
「はい」

 一人じゃない。おじさんと二人きりになりたかった。
 冷たいおじさんの唇に、何度もキスした。
「おじさん、愛してる」
 
 次の日も、おじさんと一緒に過ごした。おじさんの体にはドライアイスが置いてある。夕方葬儀屋さんが来て、ドライアイスを取り替えて帰った。おじさんはもうこの世のものではない。凍傷必至のドライアイスが必要なんて。
 この夜はおじさんと同じ部屋に寝た。寒かった。でもこれが最後。

 10日はお通夜の日。13時半ごろ、葬儀屋さんが迎えに来た。

 お葬式は、無宗教の音楽葬。シンセサイザーとチェロの演奏。私もだが、おじさんも公正証書の遺言を作っていた。おじさんの遺言で、葬儀は質素に、と言ったので税理士会には伏せていたのだが、想定していた倍以上の参列者が来た。
「仕事関係の人が、こんなに泣いている葬式なんてないよ」
 おじさんのいとこのK君が言った。

 告別式では、おじさんの好きな長谷川きよしの「別れのサンバ」を演奏してもらった。
 おじさんの周りに花をいっぱい詰めて、葬儀の司会者が
「お棺をしめます」
 と言ったので、人前だったけど、最後のキスをした。だって、これで最後。これが最後。

 おじさんが火葬された。小さな骨壺に入れられ、桐の箱に納まった。

「一人で大丈夫?」
お姉さんが言ってくれたけど、大丈夫、一人じゃないの。おじさんと二人きりでいたい。おじさんは私の膝に抱けるような小さな入れ物に入っている。
「おじさん、おバカさんだねえ、私を残して逝っちゃうなんて」

 結婚して30年にもなるとマンネリでお互い空気のような存在になる。しかも最近おじさんは、加齢臭と言うのか、どんどこ臭くなって、なんとなく不潔な気がしていた。消臭剤を吹きかけたりもした。
「何するんだよ!」
「だって、くさいんだもの」
 そんなことを言い合っていた。

 おじさんが荼毘に付されたその日から、私は毎日、おじさんの骨壺を抱いている。おじさんの汗のしみついたタオルや、髪の毛や、電気カミソリに残ったひげや、爪切りに残った爪をティッシュに包んでビロードの袋に入れた。今までならば汚いと思っていたものが私の宝物になった。

 他の人が気になったこともあった。だけどそれはおじさんがいるという前提での話だと、今になって思う。韓流スターに憧れるようなものか。私は結婚以来おじさんを裏切ったことは一度たりともない。
 私のたった一人の男。 

 おじさん愛してる。空気のような存在と言うけれど、空気がなくなったら、どうなるのか。
享年58歳。若過ぎる死。

 おじさんのお母さんが最近弱って来た。もうすぐそっちに行くかもしれない。

 でもね、お母さんのお迎えは、お父さんに任せて欲しいの。おじさんにはお母さんのお迎えに来て欲しくないの。私だけのおじさんでいて欲しい。

 おじさん、お母さんの迎えはお父さんに任せて、いつの日か判らないけれど、私のお迎えに、来てください。



 
 

 




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