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軍艦島ツアーと本日の夕食

 午後はいよいよ今回の旅行のメインと言える軍艦島へ。

 かなり前に某ブロ友が軍艦島に行ったことをブログにアップしていた。軍艦島は炭鉱の基地としてにぎわっていたものの、閉山により無人島へ、さらに廃墟と化した島だと言うことだ。

 そこはずっと立ち入り禁止だったが、数年前に上陸ができるようになったと言う。
 そのブログを見て、行ってみたいな~と思って、去年の九州旅行でも、「軍艦島!軍艦島!」と言っていたのだが、見送った。そして今回、満を持して行くことになったのだよ。

 受付時間に事務所に行くと、ツアー代金3100円と上陸料300円、一人合計3400円を支払った。それと引き換えに首からぶら下げるカードをくれた。「軍艦島ツアー」と書いてある。
「あそこに見えるのが船です。その近くでお待ちください」
 係のおぢさんが指さす方向へ向かった。

軍艦島クルーズ㈱
 あまり立派とは言えない「軍艦島クルーズ(株)」の事務所

 そこにはくうみん達が乗り込む高速船「ブラックダイヤモンド号」が、浮かんでいた。小さく見えるが150人乗船可能とのことだ。

 今回は30人ほどしか参加しなかったがこんなのは稀で、普通は100人以上の参加者がいると言う。
ブラックダイヤモンド号
 高速船ブラックダイヤモンド号

 時間になってくうみん達はブラックダイヤモンド号に乗り込んだ。前の方がいい席だと思って前に乗ったが、前の方は壁があってよく見えない。後ろの方がいい席だったので、途中で席を替えた。

 船はかなり揺れた。
「これは気をしっかり持たないと」

 きれいな海で遊びたくてマレーシアのレダン島に行ったことがある。その時はもっと小さな船で、40分ほども揺られただろうか。

 島への道のりには厳しいものがある。だからよけいに魅力的なのかもしれぬ。船に弱い人は酔い止めを用意した方がいい。

「伊王島に着きました」
 アナウンスに従って、ぞろぞろと降りる。

 まず、軍艦島の模型の前で建物の説明を受ける。外国人の姿も数名見られた。軍艦島は映画007スカイフォールでマカオの島、デッドシティのモデルになったので、外国人の参加もかなりあるらしい。
 ただし、この中で映画撮影をしたのではなく、写真を撮って、その写真をもとにセットを作ったのだそうだ。

軍艦島模型 途中の高島で
 模型をもとに建物の説明をガイドさんがしてくれた。この方はおぢさんと言ってしまうにはもったいない、なかなかのイ・ケ・メ・ン。

 海を望む公園には岩崎弥太郎先生の銅像がある。

岩崎弥太郎先生の像
 貫禄ある岩崎弥太郎先生の像

 軍艦島、正しくは端島と言うのだが、地下深くにある炭鉱は地上とは環境が違うので体調を崩す作業員も少なくない。なので救護員も同じように現場にいた。
救護隊員
 かなり華奢な救助隊員だ

炭鉱の救護隊携行品
 隊員の七つ道具


 揺れるゆらゆら船の中 お~い、まだか~と思ったら、目の前に軍艦島のお姿が…

軍艦島
 威風堂々 軍艦島

 係員が接岸作業をしている。良かった。上陸できるんだ。上陸できないときは上陸料300円は返してくれて、記念品をくれるそうだが、やはり上陸したい。

接岸作業中
 しばしお待ちを

 船から降りて順路に沿って歩く。 お~!!廃墟が見えてきた!

 外国人の皆さんには別のガイドが付いていた。一見単なるおぢさんにしか見えないが、あの人は英語が喋れるんだなあ。

 ガイドの男性は、建物について説明してくれたが、それ以上に人々の生活を説明してくれた。
 作業場には壁しかないエレベーターに乗って600メートルの距離を下って行く。600メートルと言うとどれくらいかと言えばスカイツリーの高さと同じである。その間わずか2分。慣れない作業員は気絶することも珍しくない。
 それから約400メートル、持ち場に歩いて行く。

 炭鉱で働くお父さんの話
 仕事は大変きつい。やめたいと思うことはよくあったが、なぜ勤め上げたかと言うと、家族がいたからだ。

 お父さん、ありがとう。

仕事場の一部らしい
 これはなんだろう?倉庫かな。赤いレンガが白っぽくなっているのは毎日のように海の水がざっば~んとかかるので塩を吹いていると言う。

 地下に行く階段。
地下へ行く階段

 岡の上に立つのは幹部用の住宅。今で言う3DKで、お風呂付だったそうだ。
聳え立つ幹部用宿舎
 お~っほっほ!幹部住宅ですのよ!

 島の裏方にあるのは一般住宅。6畳と4畳程度の広さで、風呂なしだが、共同浴場が近くにある。くうみんは家のお風呂より大きなお風呂の方がいいな。

一般社員住宅
 一般住宅 大正時代にこんな近代的な建物が。

 端島の生活で一番苦労したのは水問題。はじめは海水を蒸留して真水を作っていたのだが、船で運ぶようになり、そして海底に送水管を敷設して水道が通るようになったとのこと。

 水道が使えるようになった時、お母さん方は大変感激したそうだ。使える水に限りがあるときはお風呂やプールは海水を使ったらしい。
 水をふんだんに使えるようになっても三つ子の魂100まで、島の皆さんはもったいなくてプールに真水は使えなかったと言う。

プール
 プールの跡 

フォロロマーノのよう
 まるでローマのフォロロマーノのようだ。

 石炭を掘り出すと大部分はボタと呼ばれる残りかすだった。どこの炭鉱でも「ボタ山」が見られるが、ここ軍艦島では埋め立てに使った。しかし、埋め立ても永遠にする訳ではない。初めは工場側の海に捨てていたが、海が浅くなってこれ以上は捨てられなくなると、裏の住居側にボタを捨てることにした。
 そこで山肌に穴を開け、何と住居用の建物の中を通して24時間ベルトコンベアでボタを裏の海に捨てたと言う。
 
ボタを裏側に運んだトンネル跡
 ボタを裏に運んだトンネル跡

 昭和30年当時のテレビ普及率は全国平均で数パーセントしかなかったが、ここではテレビ普及率100パーセントを誇っていた。
 それは給料が良かったことも関係あるが、誰かがテレビを買うと、うわさがパッと広がり、「それじゃ、うちも」とみんながテレビを買うことになるのだと言う。

 時々島に住んでいた人が、故郷を懐かしんでツアーに参加することがある。
 その人たちは自分たちの住んでいた建物の写真を絶対に撮らないそうだ。

 その人たちにとっての軍艦島はこのような廃墟ではなく、お父さんが働き、お母さんが家事をして、子供たちが学校に行ったり公園で遊んだりする生活の場であった。
 廃墟になった自分の故郷を写真に撮るのは忍びない…

 説明をしてくれるガイドの男性は、軍艦島の建物や歴史だけでなく、人々の思いを伝えてくれた。 

 そうだなあ、くうみんが生まれ育った町が廃墟になっていたとしたら、行ってみたいと思うと同時に廃墟を写真に残すのはつらいことかも知れない。

 40分ほど島を見学し、船に乗り込んだ。
 港に帰ったのは5時くらい。季節的にまだ日が高かったが、日の短い冬場は、夕日がきれいだそうだ。

 本日の夕食

特製皿うどん
 特製皿うどん1500円

江山楼の特製ちゃんぽん
 特製ちゃんぽん1500円

 ガイドブックに出ている店は満員だったので、そこら辺をうろうろしていると程よく人の入っているお店を発見した。江山楼と言う店だ。
 ここに入ることにして、特製皿うどんと特製ちゃんぽんを注文した。

 特製と特製ではないのと、どう違うのかと言えば、魚介の量とそしてふかひれが入っているかどうかであろう。
 ふかひれ自体は味がない。ちゃんぽん味のふかひれと言うのは、あまり有難味がない。

 周りを見ると、こんなおのぼりさんメニューを頼んでいるのはうちくらいで、他では春巻きとか点心とか、普通の中華メニューを注文している。

 皆さん、通ですわね。 

ドーミーインのサービス夜食
 またもや夜食のラーメンを食べた。くうみんだけ食べた。おじさんは食べなかった


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 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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