くうみん母は大丈夫? 認知の兆候と進み方

 今までおじさんの身内や伯母のことを書いていたが、問題のくうみん母はどうだろうか?
 別居なので会った時しかわからないが、まあまあまともなように見える。しかし認知と言うのは一部だけ見ても気づかないことが多い。だから一緒に住んでみないと詳しいことは判らない。

 たぶんかなり来ているものと想像する。

 他の人も言っていたが、初めは冷蔵庫に入れる必要のないものを入れたり、妙に疑い深くなる、何回も同じことを繰り返し話す、お風呂に入りたがらない、などが認知の兆候。

 初めておかしいと思ったのは母が65才になった時だ。話が異常に長い。一回の電話で、同じ話題を何回も繰り返して話す。

 当時、まだくうみんは会社勤めしていたので、先輩女子社員にそのことを話すと、
「さっき聞いたとか、否定してはいけない」
 と言われたので、初めて聞いたような顔をして聞いていると1時間くらい平気で繰り返す。いくら否定するのは良くないと言っても、たまらん。

 体調のいい時ならそんなこともないので、そんな時を見計らって
「最近変だよ。同じことを繰り返し話して、1時間くらい電話していることがあるよ」
 と言うと、本人は全く気づいていなかった。

 そのうち不思議なことにそれらの症状は治まっていった。

 そしてまた10年くらいしてから出てくる。

 次の75才の頃は、疑い深くなった。
 ものを仕舞い込んで判らなくなったり、なくしたりすろことが多いので、キャッシュカードやパスポート、実印などをくうみんが預かることにした。しかし預かったものに限って再発行してしまう。

 
 初めはうっかりやってしまったのかと思っていたが、「預かったものだけを再発行する」ことに気づき、くうみんを疑っているとしか思えなくなった。

 それできちんと管理ができればいいのだが、失くしてしまったり暗証番号を忘れてしまったりで、どうにもならない。

 そのうち疑い深いのも治まって行った。母の医療保険の支払いは預かったキャッシュカードで、こちらでしているが、キャッシュカードも無事使える。よかった。

 男性は女性より寿命は短いが、認知にはなりにくく、最後まで元気な人が多いように感じる。おじさん父も認知にはなったが、そんなに長くはなかったし、くうみん父に至っては死ぬまで認知はなかった。

 男は家長として、しっかりしていなければならないからなのか、それとも男性ホルモンによるものか判らないが、ピンピンコロリのようだ。

 例外はもちろんあるが…
 いろいろ家庭に事情のあるくうみん実家である。もっとトンデモなこともあるのだが、洒落にならないことは割愛。

 75歳の次は85才…もうすぐ第3弾が来る頃なので、何が起こるか…恐怖。


 参考
 くうみん母が保険屋に騙された話 興味のある方はご覧ください。
年寄り騙す悪い奴

年寄り騙す悪い奴2

年寄り騙す悪い奴3

年寄り騙す悪い奴 完結編


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テーマ : 親の老後と介護
ジャンル : 結婚・家庭生活

安心な老後に必要なもの

 おじさん父は無事天国へ行き、おじさん母は優しい子供たちと優し~い嫁に囲まれて、認知が来たと言っても幸せだと思う。

 これもある程度のお金があったからできることであって、安心な老後のためにはお金は必要だ。でも、お金だけではだめなのだ。

 なにが大事かっていうと、人を見る目。

 以前書いたヨシ伯母の話、リンク貼ったけど、この記事だけで充分意味が通じるので、お暇な方だけどうぞ。
 人を見る目のないヨシ伯母の話

 ヨシ伯母はくうみん母の姉で、若い頃から贅沢せずにコツコツと貯金して、さあ楽をしようと思ったらなけなしのお金を悪い奴に騙し取られた。

 くうみんはヨシ伯母と、就職して結婚するまでの2年間、一緒に住んでいた。その間、たまに酒飲んで帰ったり、一度だけ無断外泊したのが子供のいない、品行方正のヨシ伯母には信じられないことだったのか、くうみんは全く信用がなかった。

 結婚してすぐの時は家が近いこともあって月一くらいで、手土産持ってご機嫌伺いに行ったのだが、そのたびに
「別れるの?別れるの?」
 と言われた。
「別れないけど」
 と、くうみんは言うのだが、
「本当に?」
 日本人なら誰でも判る、疑い深い「本当に?」の、イントネーション、そして、
「あんたが来ると別れる相談かと思って、生きた心地がしない」
 とまで言われたので、いつの間にか行かなくなった。

 そのうち、
「ヨシ伯母が変だ」
 と言う噂が届いた。そこで電話してみた。
「最近大丈夫?心配になっちゃって」
 すると、例によって、日本人にだけわかる疑いのイントネーションはますます強くなって返ってきた。
「本当に?」

 なんでこんなに信用がないんだろう。もうくうみんは手を引くことにした。

 時は過ぎ、ある日くうみん母から電話がかかってきた。
 かなり動転して、涙ながらだった。かいつまんで言うと、親族の鼻つまみ者の姪っ子、くうみんのいとこにあたるA子が、ヨシ伯母の貯金を言葉巧みにだまし取ったらしい。

 あのA子より信用がなかったのか、このくうみんは!
 そう思って愕然としたが、悪い奴と言うのは疑い深い人間を信用させるためのノウハウがあるのかも知れない。

 ヨシ伯母はA子の世話で某介護施設に入居させられ、その間に貯金を我が物にした。

 A子はヨシ伯母所有のマンションも売り飛ばそうとしたが、それに感づいたくうみん母が阻止、さらに年金も振込先を替えようとしていたと、金融機関の人が言っていたという。年金まで盗ろうとしていたらしい。

 行く所がなくなったヨシ伯母が、くうみん母のツテで、山奥の精神病院に入院することになった。ここがヨシ伯母の終の棲家になってしまった。

 老後のためにコツコツ貯めた資金を奪われ、本当なら豪華と言わないまでも良心的な施設に入居も可能だったのに、信用する人間を間違えたためにこんなことに。

 くうみんは信用できる人間だなどと言うつもりはない。しかし、自分を頼ってきた親族の金を、かすめ取るようなことは、普通の人はしないだろう。普通の子に託せばいい。

 窮鳥懐に入れば猟師も殺さず、と言うではないか?

 それなのにヨシ伯母は、よりによって、のA子を…

 安心な老後のためにはお金よりも人を見る目だと思う。

 
 

 
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テーマ : 親の老後と介護
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介護問題を考える ボケないためのキモはこれだ!!

  ペテロことお父さんが亡くなって、お母さんが一人残された。長男であるおじさんの近くに移るのが良かろう、ということになって、近所にあるベネッセの「まどか」に入居することにした。

 ここは順番待ちで、半年たっても何の連絡もなかったが、ある日おじさんが「まどか」の前を通ると、救急車が止まっていたという。
「連絡が来るぜ、きっと」

 案の定それから10日もすると、「部屋が空きました」と連絡が来た。
 お母さんはお姉さんの御主人の運転する車に乗ってやってきた。介護施設と言うのはどこも同じような間取りなので、引っ越したこともあまり気にならず、大した混乱もなかったようだ。

 近いのでおじさんは毎日のように行って、くうみんも週に一回、食事をしに行くようにした。お姉さん達は片道2時間かかるので月に2回ほどだったが、遠いので大変そうだ。

 認知は来ていたものの、食事は自分でできたし、意思の疎通もできた。それが2013年9月に骨折で入院してから認知が大変に進んでしまった。

 骨折で歩けなくなり、食事も自分で食べられなくなった。老人は歩けなくなると認知が急激に進む。

 問題は食事だった。自分で食べることのできない人はたくさんいるが、今の車いすでは座ることができないため、整体の先生の指導により、特別な車椅子をレンタルしてもらうことにした。 この車いすが来るまでは食堂に行くことができない。部屋で一人のヘルパーが、付ききりで食事をさせることはできないと言う。
 車いすが来るまでは、3食、食事の世話は家族でして欲しいという。

涙で綴る毎日の食事の世話 
実は大変な日々1
実は大変な日々2

 仕方がない、と車いすが来るまでおじさん、二人のお姉さん、くうみんは交代で一日3食の食事を食べさせることになった。

 やっと車いすが来て、やれやれと思ったら、
「夕食だけは家族がして欲しい」
 と言われて、やっていたが、くうみんの心の中に不満が渦巻いた。

 なんでこちらがしなければならないの?決して安くはないお金を払って頼んでいるのに。世話させるんだったらその分、お金返して欲しいなあ。
 でも、嫁の立場でこんなことを言うのもなあ…

 など思っていたら、みんなそう思っていたらしく、お姉さんが言いだした。
「都合のつくときに行くのはいいけど、毎日やれなんておかしいじゃない」
「食堂に行けないから家族が世話をしろなんて、寝たきりになったら追い出されるってこと?」

 と言うことでおじさんとくうみんは施設長に抗議した。
「人出不足だからと言って、家族に世話をさせるというのは違うんじゃないですか?他の家族にこんなことを言いますか?うちだから言うんじゃないですか?」

「申し訳ありません」
 と言うことで、食事の面倒も施設側がすることになった。
 
 うちが足しげく来るので、あれだけ来られるなら…と、甘えが出たのだろうと思う。言うべきことは言わなければいけない。

 誤解のないよう、念を押しておくが「まどか」も、ヘルパーさんはいつも笑顔で一生懸命世話をしてくれている。食事も手作りもので、おいしい。いい施設だと思う。

 ただ、人間忙しいと甘えが出てしまう。そこら辺の線引きはきちんとしなくてはいけない。

 歩けなくなって認知が進む老人は多い。そう言えばお父さんも歩かなくなって認知が急激に進んでしまったんだっけ。

「わしらは頭脳労働者ぢゃ、頭は脳トレで鍛えているから安心!ワッハッハ!」
 な~んて言っている人は、あぶない。

 頭を使うことより、足腰鍛えるのが認知を防ぐキモですな。
 
 



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介護問題を考える こっちも大変なことに…

 無事本土復帰を果たしたお父さんだったが、歩行訓練をしているにもかかわらず、家に帰ると日に日に弱って行った。いずれ歩けなくなるのは必死。

 加えておかあさんも変だ。冷蔵庫に、入れなくてもいいレトルト食品や缶詰、調味料を入れている。
 タッパウエアのふたと本体、別々にしてしまって、どれがどのふただかわからなくなった。 
 水道の栓をするのを忘れて、水が出しっぱなしで、そのたびにくうみんが締めに行った。誰かがいる時ならいいけど、普段はそのまま?水道なら最悪、床が水浸しになる程度だけれど、もしこれがガスだったら?

 あぶない。

 またいい施設を探さなきゃ。先に入居したワタミはもう満室だし、入居金二人分は払えない。
 二人一緒に入れて、良さそうな所をPC検索で探してプリントアウトした。

 それも大変だが、こちらも大変なことに。

 2008年8月、何とくうみんの乳がん発覚。

 もうくうみんは戦力から離脱せざるを得なかった。
 世の中には自分も大変な病気を抱えていながら、親の介護もしなくてはならない人も多いと思うが、自分のことに専念できたくうみんは恵まれていたと思う。

 世の中には嫁に介護を押しつけて、文句だけ言う兄弟姉妹も多いと聞くが、そんなことは全くなかった。
 おじさんはあっちもこっちもで大変だったと思う。
 おじさんはくうみんを優先して、毎日見舞いに来てくれた。電車賃がバカにならないので自転車で1時間以上もかけて…

 くうみんが出しておいた介護施設の資料、お姉さん達が見つけて二人で見学に行ったそうだ。
「ここ、いいわね」
 お姉さん達が気に入って、今度はそこにお父さんとお母さん、二人で入居することになった。

 アミーユと言う施設だ。
 介護施設としては居室面積30平米ほど(普通は17~8平米程度)で、独立したトイレとお風呂が部屋の中にある。
 ミニキッチンもあって、普通のワンルームマンションに近い。

 立地も駅からほど近く、近くにしまむら、食品スーパー、ホームセンターもあり、まだ元気だけれど一人暮らしは心配と言う今のお母さんにちょうどいい。
 もちろん、体が言うことを利かなくなったらお世話もしてくれる。

 老人施設には夫婦部屋はあるにはあるが、少ない。
 と言うのも、じいさんと言うのはヘルパーさんに何か頼むのは気兼ねするので、女房に頼んでしまう。

「こういうことはお母さんがやることだ。ヘルパーさんの手を煩わせるのは良くない」
 じいさんと言うのはそう思ってしまうものらしい。

 と言う理由で、夫婦別部屋が好ましいという施設側の説明だった。
 入居金は必要ない。月々の支払いも手ごろ。部屋も広々している。ただ、食事はレトルト物を使っているのか、いまいちだった。

 お父さんとお母さんはふた部屋のうち、一部屋を居間にして、もう一部屋を寝室にしていた。仲のいい夫婦だった。

 いくら仲のいい夫婦でも、死が二人を分かつ時は来る。

 2、3年アミーユで二人暮らしていたが、体調を崩したお父さんは救急車で病院に収容された。なんちゃってクリスチャンだったお父さんは、神父さんに死ぬ前のお祈りをしてもらった。もうボケボケで意思の疎通もできなかったはずだが、
「ありがとう」
 と神父さんに言ったそうだ。

 入院する事3か月、お父さんは静かに息を引き取った。眠るように、と言うが、2か月くらいずっと眠ったまま、亡くなった。2010年3月のことだった。

 洗礼名 ペテロ 享年88歳。


 
 
 



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介護問題を考える 素晴らしかったワタミの介護(2008年)

 お父さんはワタミの介護、レストヴィラに移った。ひと月もするとだいぶ頭がクリアーになった。頭を活性化するノウハウがここにはあるのかも知れない。

 車いすに座ったお父さんは、くうみんに聞いた。
「お父さんはどうしてこんな所にいるんだ」
 なのでくうみんは答えた。このお正月にお父さんは立てなくなって、トイレに行くこともできなくなったので病院に入院したこと。
 しばらく家でお姉さん達がお世話をしたけれど、出来なくなってここに来ることになったこと。
「そうか。でも、入院したこととか、歩けなくなったなんて覚えていないんだよ」

 食事は外食産業のノウハウがあるせいか、大変おいしいそうで、お父さんは好き嫌いが多かったが、
「ここのは何でもおいしい」
 と、嫌いだと思っていたものも食べるようになった。

 今度は歩行問題。
 施設内を歩き回る二人組をときどき見かけた。歩行訓練だそうだ。
 指導員だろうか、男性がついて施設内をぎこちない動きながらかなり速く歩いている女性がいた。訓練であれだけ歩けるようになったらしい。

 お父さんも落ち着いたので歩行訓練を開始することになった。指導の先生によると、初めは嫌がっていたのだが、結果が出てくるとうれしいのか、今では積極的に訓練を受けている、とのこと。

 半年もするとお父さんは普通に歩けるようになった。
「もう帰りたい」
 お父さんは希望した。
「わかった。でも、介護保険が嫌だなんて言っていたら、俺はもう何もしないからな!」
 おじさんがお父さんとお母さんを前にして、言った。
「わかった、わかった」
 お父さんとお母さんはペコペコしながら言った。

 一人でトイレに行けるなら介護もそんなに難しいことではないので、お父さんは数か月でレストヴィラを退去することになった。
 支払った入居金は入居していた月数に応じて返してくれた。家に戻ると、週に2、3回、デイサービスに行って、歩行訓練を受けることになった。

 ワタミはブラック企業とか、ワンマン社長とか、とかくうわさが絶えないが、ワタミの介護・レストヴィラは利用者にとっては大変素晴らしい施設だった。
 もし労働条件がそんなにも過酷であるなら、それは改善して欲しいし、給料もできるだけの配慮をして欲しい。職員はいつも笑顔で接してくれて、しかもこんなに元気にしてくれた。

 今の施設もそうだが、若い職員が一生懸命働いてくれるのを見ると、本当に頭が下がる。介護士が、他の士業と同じくらい尊敬され、労働に見合う給料がもらえるようにと切に願う。 
 最近介護報酬の引き下げが話題になっている。介護施設の収入に当たる介護報酬が引き下げが検討されている。にもかかわらず、政府は「老人施設の給料は上げてやるように」など、目が点になるような言動を発している。

 何を考えているのか。

介護報酬とは?介護報酬はなぜ引き下げられるのか?

 さて、ワタミの介護は素晴らしかったが、その後も続くぬかるみぞ。

 


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介護問題を考える ねえちゃん連合VSおじさん・くうみん連合

 お父さんは病院で年始を過ごした。トイレはベッドのすぐわきにポータブルのがあってそれを使う。看護師さんの手際の良さはプロの技で重いお父さんの体をささっと動かしてしまうそうだ。たぶん力で動かすのではなく、支点、力点をうまく使っているのだと思う。

 そこには、いつまでもいられない。3が日が過ぎると、早く出て言って欲しいと言われるようになった。ケースワーカーがいるというので施設に入れるかどうか相談すると、その場で電話をして、
「今、空きがないです」
 と言うだけだ。それくらいならこっちだってできる!全く役に立たなかった。

 家に帰ると一族郎党で会議をした。二人のお姉さんたちは
「私達も手伝うから家で介護したい。後悔したくない」
と言い、おじさんは、
「できる訳がない。施設を探そう。それに俺、3月までは仕事が忙しくて手伝えないぞ」
 と言った。

 帰るときに玄関先までお母さんが来た。
「俺たちは施設に預ける気でいるから」
 お母さんは黙ってうんうんとうなずいた。お母さんこそ限界のように見受けられた。
 
 しかし、すぐに施設が見つかる訳ではない。とりあえずお姉さん二人と、お母さんで交代で介護をすることになった。
 くうみんはなぜか介護はしなくていいと免除してくれた。たぶん介護となるとお下の世話もあるのでお互いに抵抗があると気づかってのことだと思う。

 くうみんはパソコン検索でおじさんの実家近くの施設を何軒かピックアップした。パソコンがなければ探すのは大変だったと思う。
「おじさん、ここなんかいいじゃない?歩いても行けるよ」
「そうだな。しかし姉さん達、いつまで続くか…」
 おじさんとふたりでその中の2軒を見学した。一軒は静かな住宅街に、もう一軒は大きな商業施設のすぐそばにある。どちらの職員も、入居者に対し、丁寧な応対をしていた。
「楽しいわよ、来なさいよ」
 入居している女性もにこやかに言った。

 ヘルパーさんの助けもない、素人介護は長くは続かなかった。おじさんとくうみんは実家に押っ取り刀ではせ参じた。
 できないことが判ったのならこれで方向は決まった。お姉さん夫婦×2におじさんは資料を配った。
「介護施設を何軒か探したんだけど、ここはどうかと思う。ここならおかあさんも毎日面会に行けるし、何より安心だ」
 今まで黙っていた婿軍団は、
「おお~、これは素晴らしぃ~」
 とほめそやした。彼らは口を挟まなかったが、密かにおじさん・くうみん連合に味方していたに違いない。自分たちの面倒を見てくれる人がいなくなる。

 さっそくその施設にゾロゾロと、見学に行った。静かな住宅街にある「レストヴィラ」。ワタミの介護だ。
 
 感触も上々、さっそく入居したいということになったが、
「部屋の改装がまだ済んでいない。それに介護保険の資格を取ってからでないと入居できない」
 とのこと。
「判りました。さっそく介護保険の申請をします。なるべく早い入居を希望します」
 
 家に帰ってからは介護保険の資格を持っていなくてもショートステイできる施設(PC検索でも一軒しかみつからなかった)に連絡し、そこに入る手配、介護保険の申請などてんやわんやだった。

 話は前後するが、お父さんは銀行のキャッシュカードを作っていなかったので、まだ受け答えのできるときに車いすで銀行に連れて行き、カードを発行してもらった。そうしないと、いずれ本人が窓口に行けなくなると、生活費もおろせなくなってしまう。
 お父さんはカード=クレジットカードと思うのか、キャッシュカードも、ポイントカードすらも持っていなかった。窓口でも嫌がっていたが、私達に好意的な銀行員もいれば、「年寄りの財産を奪う気か?」と疑いの眼で見る銀行員もいた。

 ショートステイの施設に入居して間もなく、ショートステイの施設から連絡があった。お父さんは夜中にペットボトルを壁にガンガン打ちつけ、
「助けてくれ~!助けてくれ~!」
と大暴れするという。
「夜はご家族の付き添いをお願いします」
 と言われた。おじさんと姉さんたちが交代で夜付き添った。

 そのうち介護保険に加入することができた。要介護4だった。レストヴィラからも、入居できると連絡が来た。

 助かった…家族はもちろん、ショートステイ先の職員も、みんな思ったに違いない。
 

 

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介護問題を考える うちの介護事始め

 最近介護のことがブロ友の間で話題になっている。delica様のお友達の話、きたあかり様の友達との話ネタ…

delica様の友達の介護問題

介護問題に盛り上がるきたあかり様のブログ

 くうみんの場合は過去のことでもあり、これからのことでもある。

 まず過去のこと。おじさん家に老人問題が勃発したのは8年前にさかのぼる。2007年9月、おじさんのお父さんは喫茶店で脱水症で倒れた。なんで喫茶店でとも思ったが、それまで外を歩いて、やれやれと思った時に気が緩んで症状が出たのだと思う。
 それから救急車で運ばれて手当てを受け、家に帰った。

 ここからおかしくなった。
 話を聞くと、夜はずっと起きていたり、昼からずっと寝ていたり、生活がメチャクチャ。認知症状もあった。
 倒れたらと思うと怖いのか、外に出歩かなくなった。歩かないと老人はすぐに弱る。おじさんとくうみんはお母さんに介護保険を申請して、ヘルパーさんに来てもらったり、デイサービスで歩行訓練を受けさせるように勧めた。しかし、お母さんは色をなして言った。
「介護保険なんてとんでもない」

 

 モウロク爺、ボケ老人…介護保険にはそういったイメージが付きまとうのか、嫌がる人は多い。ケースワーカーの面接の時だけは元気になってしまい、
「そんなの大丈夫、できますよ」
 と言って、ごまかす人もいる。介護保険の初めの頃はこれでごまかされてしまうことが多かったらしいが、今はケースワーカーもそういったことに注意をするようにしているという。

 でも仕方ない。お母さんが嫌だというなら。その間ちょっとした問題もあったが、省略。

 そのうち大問題が起こったのだ。

 その年末年始、くうみん母とおじさん、くうみんは3人で白浜の国民休暇村で過ごした。3人くうみん家に戻ると、留守電ランプが点滅している。聞いてみるとおじさん母だ。
「おじさん、おじさん?お母さんです。お父さんが一歩も歩けなくなって…どうしていいか判らない」
 心細そうな声だ。

 翌日、さっそく行くと、お父さんはソファに横たわっていた。もうヨレヨレで受け答えもとぎれとぎれだ。
 お姉さん夫婦二組と、おじさん夫婦全員集合して、ソファに横たわったお父さんを見おろした。昨夜は上のお姉さんが来てトイレに付き添ったりしたそうだ。

 お父さんは大正生まれとしては体が大きい。身長174センチ、体重70キロもある。これを女2人がかりで持ち上げ、狭いトイレに誘導するのは至難の業で、何回もできるものではない。

「救急車を呼んで入院させよう」
 今や一族の長となったおじさんが言った。年末年始のことで介護施設の窓口も、病院もあいていない。こうなったら救急車で無理やり入院するしかない。

「そんなことしていいのかしら?」
「だって、世話できないだろう」
 みんな黙ってしまった。

「じゃ、私が電話するわね」
 くうみんは電話を握りしめた。
「119番するわよ」

 2、3回のコールで消防署の職員が出た。
「お父さんが倒れたんです!」
「住所は?今どんな状態です?」
尋ねられるままに住所を言い、状態は適当に応えた。
「早く来てください」

 すぐに救急車が来た。しかしどこも悪くないという診断で、入院を承諾してもらうのが大変だった。口のうまいおじさんと上のお姉さんと言う一家の最強コンビで、医師と話し合うこと2時間くらい。
 
 医師は仮病と判りつつ、この人達はお父さんの面倒を見ることができなくて、困って入院と言う手を考えたのだろう。そう察してくれたらしい。最後には言ってくれた。
「入院して様子を見ましょう」
 この医師には今でも感謝している。

 よかったと思ったが、当のお父さんが入院は嫌だという。
「それじゃ一人部屋の特別室にするから」
 と言うとしぶしぶ従った。

 私たちは急病でもないのに、救急車を呼び出し、病気でもないのに入院させた。
 悪いことをした。

 しかし、介護の仕方を何も知らない人間には、こうするより仕方なかった。

 それにしてもこれでは一時しのぎでしかない。

さて、これからどうしよう?
 

 


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めでたいこと キター!! 

 皆様、明けましておめでとうございまする。本年もよろしくお願いします。

 さて、今日が来れば明日はまた来るのは当たり前と言えば当たり前だが、人類滅亡もなく、日々のどかに過ごせるのはやはりめでたい。

 と言う訳で新年が来るのもめでたいこと。
 今年はどこにも行かず、お参りは近所の神社、朝からビールを飲み、夕方になるとスーパー銭湯に行くという正月であった。

近所の日枝神社
 近所の日枝神社

お汁粉の振る舞い
 お汁粉の振る舞いも抜け目なくいただいて来た

 なにがめでたいと言っておじさん方の姪っ子が昨年9月に結婚したのだが、婿殿のお披露目があった。バングラの人だという。初めてのことなので、向こうも緊張していた。婿はビールをついで回っていた。

 なんちゃってイスラム教徒なので、酒は飲むし豚肉も食べる。うわさに聞くお祈りもしないという。ここまで不真面目なイスラム教徒なら、日本人としてはつきあいやすいというものだ。

 めでたい、めでたい。

 しかし、おじさんもくうみんも初めからもろ手をあげて賛成していた訳ではない。もちろん姪っ子の両親だって。

 結婚と言うのは日本人同士でも各家の習慣の違いで、いざこざが起きるものだ。ましてや外国人では。

それにバングラデシュは、衛生的な問題も…

バングラデシュで水問題に取り組む水上の前田議員

 しかもイスラムの習慣で、見たこともないような親戚の経済的援助もしなければならないと聞く。おじさんの知り合いにやはりバングラの人と結婚した人がいるが、
「出るわ出るわ、ブドウのように付いて来る」
 と、日本人の感覚では到底理解できないような援助をしなければならないらしい。

「見知らぬ人の経済的援助までしなければいけないんだぞ」
 おじさんは言った。
「でも、こっちが困ったときは向こうが助けてくれるし」
 まあ、そうか。

 もう一緒に住んでいると言っていたし、結婚しようといういい大人を監禁する訳にも行かず、会ってみたら真面目ないい人だったので、「まあいいか」と言うことになったらしい。
 
 受け入れることが決まったら、暖かく迎えてあげよう。

家族写真1

家族写真2
 卑しく食べる一族の肖像


4人の肖像
 くうみんより色黒の人が来てよかった。

 かの地では色白でポッチャリでありさえすれば美人だという。だから向かって一番右側の姪っ子は絶世の美女という評価らしい。
 くうみん程度でも、かの地では色白の部類であるらしい。

ハッピーウエディング
クムちゃん、S美ちゃん、末永くお幸せに。

アイス泥棒
 wanted!!
  くうみんオバのアイスにそっとスプーンを差し入れて喰ったアイス泥棒リリー。許せん。

 そうそう、fc2を追ん出されたphiroちゃんが頭ポリポリ掻きながら出戻ってきた。向こうのコメントに、
「踊りを踊って喜んでいる」
 という意味のコメントを書いたら、
「ほんとかよ」
 と言うコメ返しがあった。

くうみんの喜びを疑うphiroちゃんのブログ コメントを見よ

 これが証拠写真だ!!
めでたい踊り2
 はぁ~、めでたい、めでたい

1めでたい踊り
 phiro帰って来た~、ホイホイ

踊り過ぎて腰が痛い
 うっ、踊り過ぎて腰が…

 この後、ランニングに行った。

 今年はどこにも行かず、家で過ごすので、少しは贅沢をしようとイセエビを注文しました。段ボールに入れて、おがくずにまみれて来た。


 手頃なお値段で伊勢エビを買いました。

覚悟しなさい!
 料理バサミを使って軍手をはめて料理すれば意外と簡単。

伊勢エビ刺身

頭は味噌汁に
 味噌汁うまい。









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 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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