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戦争証跡博物館で見たもの

 ベトナムと言えばベトナム戦争です。くうみんが子供のころ、ベトナムはアメリカと戦争していました。原因はなかなか込み入っていて、よく判らないのですが、次のようなことらしいです。

 太平洋戦争後、フランスがまた植民地にしようとしたけれど、ベトナムは中国共産党やロシアの支援を受けて、抵抗した。フランスは植民地化を諦めたものの、アメリカがアジア共産化を恐れて、北ベトナム(共産側)、南ベトナム(アメリカ側)に分かれ、そのうちアメリカは軍隊をベトナムに派遣、ベトナム戦争となった。

 博物館には白人の観光客もたくさんいました。アメリカ人もいたと思いますが皆深刻な顔をして写真に見入っています。
 ベトナム戦争には、ジャーナリストもたくさん行っていますが、その人たちの着ているものときたら、兵隊さんと同じ、迷彩色です。胸に、ユニフォームの名札程度の大きさで、「JAPAN PRESS](報道)と書かれているだけで、これではかなり近くで見ても、兵隊さんにしか見えません。

「これじゃやられちゃうよ~」
 おじさんが叫びます。戦場カメラマンの渡辺陽一さん、あんな癒し系の顔をして、こんなところで働いているのね。

 戦場の写真がたくさんあって、沼のようなところを胸まで浸かって渡るお母さんと子ども、爆撃で首が吹っ飛んでしまった隣の人を見て呆然とする兵士… 
 大変きれいな若い女性兵士もいました。こんな人は平和な世の中ならミスユニバース出場なんだろうに…
 憧れの蒲田先生によく似た兵隊さんもいます。
「先生、無事帰ってきて…」
 思わずつぶやいてしまいます。

 そして信じられないのは「トラの檻」と呼ばれる拷問施設です。水責め、逆さづり、あらゆる拷問は、人間のできることとは思えません。それはすべて写真に撮られています。「なかった」としらを切ることは出来ません。

 拷問は男性だけでなく女性でも容赦ありません。女性には女性の拷問の仕方があるのです。レイプなんて生易しいものではなく、とてもここには書くことができません。
 戦争と言う極限状態になると、歯止めが効かなくなるのでしょうか?

 正義のためなら戦う、と言ったアメリカ人タレントがいたそうですが、これが正義か!

「こんなひどいこと、アメリカ人がしたのかなあ」
「アメリカ人って、原爆のスイッチは平気で押しそうだけど、こんなことはしないと思ってた…」

 昔、宋と言う国が中国を治めていました。何代めかの皇帝はお兄さんが亡くなったので、急遽皇帝になりました。徽宗皇帝(きそうこうてい)です。
 徽宗皇帝は詩や絵画の好きな、風流人で、政治なんかに興味はありません。どこかの国が戦争を仕掛けてくると、金銀財宝を送って、「これで勘弁してください」と、お引き取り願ったそうです。

 この時代、戦争がないために、経済が非常に発展し豊かになり、民草は大変平和に暮らしたとか。そのうちに、栄枯衰勢の理で滅んでいきましたが…

 日本はこれで行きましょう。ベトナムは?

  食べるものはおいしい、物価も安い、まだ観光ずれしていなくて、ぼったくりも一度はやられたけど、ほとんどの人は良心的でした。
 皆さん、ベトナムに観光しに行きましょう!戦争証跡博物館に行きましょう!

 ベトナムの皆さん、観光で外貨を稼いでね!そして戦争の傷跡を早く治してね!


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 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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