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Tさんの話 嫌な予感は当たっていた

 入院は一週間くらいと言っていた。もう退院して落ち着いたかな。きっと掃除が大変だったろうなあ。
 などと思っていた、二十日ほど後のことです。Tさんと割と親しくしていたA田さんから、メールが届きました。
「Tさんが、お亡くなりです。10日ほど前にお見舞いに行った時はモルヒネのせいか眠そうにしていましたが、なさか亡くなるなんて思いませんでした」
えっ、とは思いましたが、やっぱり…と思う気持ちがあったのも事実です。お葬式はどうしよう。
 A田さんも、父上が病気で手が離せないとのこと、お葬式には行かずここで手を合わせています、とのこと。
 悩みましたが、お香典を送り、お悔やみの手紙をしたためました。

 手紙には、Tさんと同じ日に手術したこと、入院中はよくおしゃべりしたこと、私もTさんと同じように全摘の再手術勧告を受け、泣きながらメールで連絡したら、すぐに電話が来て、
「変わることなんか何もない」
 と言ってくれたこと、一番下の子が成人するまではどんな姿になっても生きていてあげたい、と言っていたこと…
 くうみんは結局手術はせず、今は癌とともに生きているということ。送った付け毛、大変気に入ってくれたそうで、そればかりは光栄と思うこと。
 
 お返しは不要です、と書いたのは俗ですか。

 思い出すと悲しくて、涙を流しながら手紙を書き、お香典とともに現金封筒に入れました。

 しばらくたって、ご主人から電話がありました。
「ごていねいに、ありがとうございます」
「あ、Tさんの…」
「T、すごく頑張ったんですよ」
 入院するときは主治医からあと一週間、と言われたそうですが半月以上も生き延びたと。そうか、入院するのは1週間って、そういうことだったんだ、と思うと涙が溢れて言葉になりませんでした。
 ご主人の方はやるだけのことはやったと言う気持ちからか、さばさばとした感じでした。
「葬式のとき来てくれたのが、すごい人数でね。300人くらいも来たんですよ」
「Tさん、いい人だったから…」
 思いは尽きませんでした。しばらくTさんの思い出話をして、それでは、と言って電話を切りました。

 Tさんは先生の言うことをよく聞く、いい患者でした。辛い治療に耐えて、それでも薬石効なくTさんは死んでいきました。
 でも、先生はTさんにとって、ベストと思われる治療をしたのです。Tさんも悔いはないでしょう。

 それでもやっぱりくうみんはTさんとは逆の生き方を選択します。くうみんは先生の言うことを何にも聞かないワル患者です。同じ死ぬなら好き勝手にしたいのです。やけになって言っているんじゃありません。人間は100%、全員、必ず死ぬのです。だから一番に楽しい生活、二番には納得できる治療。副作用に苦しむのは嫌。
 それがくうみんにとって悔いのない治療!

 荒れた海がいつか穏やかになる。荒れた海も穏やかな海も同じ海。くうみんの中の癌細胞もくうみんの一部。
 くうみん癌さん、おとなしくしてね。あなたが喜ぶことをしていればあなたも穏やかになってくれるよね。
 あなたも私の、愛する体の一部だからね。

 人間必ず死ぬのは判っているけれど、何で人の死はこんなにも悲しいんだろう。Tさん、天国で待っててくれ!いつか絶対行くからよ!

 享年49歳。若過ぎる死。合掌。 

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 年齢一億歳。
 
 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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