ああ、お義父様! 式次第

 キリスト教の葬式は、もともとお通夜もなく、いわゆる告別式だけなのですが、日本のキリスト教では日本式になってお通夜をするのが普通だそうです。
 葬儀屋さんの担当者は、くうみんのときの人が来ると思っていたら違う人です。この人は自身がカトリックだそうで、葬儀屋さんも適材適所を心がけているようです。

 うちは夕方から「ミサ」と言う儀式を行うことにしました。
 神父さんには火葬場に隣接した葬儀場に来ていただきました。なにやら煙のたつ香炉をガラガラ振り回して火事にならないかと心配になりました。葬儀屋さんによると、神父さんは教会で葬式を挙げることにこだわることが多く、なかなか葬儀場には来てくれないとのこと。いい先生です、と担当の人は言いました。

 親戚の人がたくさん来てくれて、いいミサでした。くうみん母も来ましたので、
「よく来てくれたわね、おかあさん」
と、2、30分話をしていました。
「あの人が一番上のお姉さんで、隣がそのご主人。そのまた隣が2番目のお姉さんで…」
と、説明していると、くうみん母は言いました。
「ところであなた様は桜井さんと、どういうご関係なのですか?」
「何言ってるの?くうみんよ!」
 くうみんはびっくりです。一瞬わからなかったと言うならともかく、これだけ話しているのに…
「あらぁ、きれいになったから、わからなかったわ」
そう言ってごまかしていました。
 ああ、これは近いうちに、面倒なことになる。

 葬儀場での通夜振舞い(ミサ振舞い)は、握り寿司が定番ですがこれは人数が判らないときでも融通が利くからということです。なるほどです。
 ミサが終わって、普通は次は告別式という流れですが、これを省略して翌日身内だけで
火葬場に行きました。
 葬儀屋さんの死に化粧で眠っているようなきれいな死に顔…
 くうみんが癌だと知ったときはもう頭がボケボケだったのに、
「若いのにかわいそうに…うわぁ~ん!!」
 と泣いたと言う、ストレート、何事も直球勝負のお義父さんでした。お義父さんは本当にいい人で、間抜けで、愛嬌があって、水虫で、偏平足で…なんとなく泣けてきましたが、とにかく、見送ることができてよかった。
 おじさんこと主人がリクエストした、「小さくてかわいい」骨壷に主要な骨だけ入れました。
 さて、気になるお値段ですが60万円くらいでした。仏教だと、平均200万円程度かかると言います。節約したいなら、キリスト教への改宗をお勧めします。


 お知らせ

 同じ日付で2回目の日記。前のも見てね。って、どこかで聞いたせりふ。
 今日から3泊4日で萩津和野方面に旅行です。添乗員付き団体中高年ツアーです。次の日記は早くて4月1日、嘘八百の日。
 ビール、おつまみ、お菓子を持って、おお、パンツも!
 それでは皆さん!行ってきま~す。


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ああ、お義父様! おみ足、お持ちしますわよ!

 一番熱心なクリスチャンの一番下のおじさんが間に合わなかったら大変、兄さんが地獄に落ちる、と早々と神父さんを呼んで神様のお許しを得たという話はだいぶ経ってから聞きました。
 どんなものか見てみたいと思っていたのですがそういう俗な人間の入る隙はないようです。
 許しを得た後、お義父さんは一言、
「ありがとう」
と言ったそうです。それから幾日も経たないうちに意識がなくなりました。点滴を腕につけて安らかな顔で寝ています。

 胃ろうにしてはどうかと勧められました。主人の二人のお姉さんはどうしようと迷っています。病院によっては胃ろうにしないと面倒を見切れない、と、暗に強制するような所もあると聞きましが、ここはそんなことはありません。
「おじさん、点滴だと普通は2、3ヶ月くらいしかもたないらしいよ。胃ろうだと数年生き延びるんだって」
「数年…それは困るな」

 聞いている人からすれば悪魔の夫婦のように聞こえるでしょう。しかし、自分なら意識のないまま生かされ続けるのは真っ平なのです。意識があったとしても、食べる楽しみと言う人間の最後の楽しみがなくなっては何の楽しみがあるでしょう。
 普通はお姉さん達のようにもっと悩むのかもしれません。でも、くうみんはさんざん、自分の死も考えたし、実の父も苦しまないように、と言う希望で見送りました。
 主人はお姉さん達に言いました。
「延命したとしても元通り回復と言うのは考えられない。胃ろうはしない。今後治療はしないことにする」
 お姉さん達も自分達だけでは決めかねていたようです。治療はしないなんて冷たいのではないか?かといって、植物状態で?
 でも、主人がくうみん父の話をすると、それで納得してくれたようです。
 一番下の叔父さんは治療をしないと言う話を聞いて、電話口で声を上げて泣いたそうです。

 それからお義父さんは、昏々と眠り続けます。
 お見舞いの帰り道、二人で話します。
「いつまで寝ているんだろう」
「おじさん、これが本当の往生際が悪いってのだね!あははっ」
「なんてことを言うんだ、お前は!」
「あっ、ごめ~ん」
 冗談が過ぎたかな、と思ってしゅん、としていると、向こうから知り合いが歩いてきます。近所に住んでいる川田さんです。
「おとうさんの具合はどうですか?」
「いや~、往生際が悪くて」
「…」

 意識がなくなって3ヶ月程経ったある日、病院からおとうさんの容態が悪くなった、と連絡がありました。駆けつけたときはくうみん父のときと同じようにもう亡くなっていました。
 お姉さん達は泣いています。主人は葬儀屋さんを呼びました。程なく葬儀屋さんが来て、ストレッチャーにお義父さんを乗せようとします。皆病室を出て行きます。
 狭い個室の一番奥にいたくうみんは出ることができなくてそこにいました。
葬儀屋さんが言います。
「この年代の方にしては背が高いですね」
「はい、174センチだそうです」
「すみませんが奥さん、足、持ってもらえますか?」
「えっ」
 遺体をもつのはこの歳で初めてのこと。お姉さんじゃなくて、あっしが持つんですかい?
 遺体はまだ柔らかく暖かく言われるまま、足を持ってストレッチャーに乗せました。
(そう言えば、お義父さん、水虫だって言ってたけど、うつるかな?)
 またしても不届きな考えが頭をよぎります。
 お義父さんはそのまま葬儀屋さんの車に乗って、「宿泊所」に、行きました。



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ああ、お義父様! あなたのクリスチャンネームは…

 主人と二人で病院にお見舞いに行くとお義父さんはベッドを起こして休んでいました。
「こんにちは、お義父さん、どうですか~」
「は、昭男…かぁ」
 文章にして書くとこうなりますが、実際の所もっとヨレヨレな感じです。
「お義父さん、お義父さんのクリスチャンネーム、なんて言うんです?」
「どうして…そんなことを聞くん、だぁ?」
「えっ、あ、あの~」
「近所の人に、言うの、かぁ~」
「そ、そうですよ!」
「クリスチャン…ネーム!…」
 お義父さんはしばらく考えて言いました。
「う~ん!わ・す・れ・た!」
 そして目をつぶって寝てしまいました。
(このじじい)
 主人はずっと黙っていましたが、言いました。
「仕方ない、叔父さんたちに聞いてみよう。もう帰ろう」
「お義父さん、もう帰りますよ。退院したらご飯の代わりにアンコ食べさせてやるからね」
 そう声を掛けると、お義父さんは、ニヤ~と笑いました。
(この…くそじじい!)
 義父はアンコが大好きなのです。

 主人の父の弟2人に聞いてみたのですが知らないとのこと。でも、上の弟の叔父さんが
「兄さんが洗礼を受けたのはC市の聖ヨハネ教会だ。そこで聞いてみよう」
 と調べてくれました。それによってお義父さんのクリスチャンネームは「ペトロ」と判りました。
 叔母さんがあきれたように言いました。
「普通、クリスチャンって言うのは所属する教会に籍を置いて、引っ越すときはそれを新しい教会に移すのよ。兄さんはそんなの気にしていなかったのね」
 主人が言います。
「ヨハネかと思ってた」
 一番下の叔父さんが言います。
「ヨハネは僕だよ」
 ちなみにプロテスタントではクリスチャンネームはないそうです。でも、良かった。

 次に、お葬式に来てもらう神父さんに会いに行きます。祖母が葬式を挙げた教会の神父さんに頼みます。

「もし、お父様が危ないと思ったら、たとえ真夜中でもいいから連絡してください。なるべく意識のあるうちにね」
 話によると、意識のあるうちに神様に今までの罪を許していただき、安心して天に召されるようにだそうです。
「はい。今まで28回一人の人に呼ばれたこともあります。また回復して無駄になったとしても、全く気にしないでください」
「はい、判りました」
 教会の裏に神父さんの住んでいる住居があります。そこの教室と家庭の居間を足して2で割ったような感じの部屋に通されて話を聞きました。
「何かわからないことがあったら、私の携帯に連絡してください。あ、もうこんな時間だ」
 神父さんはどこかに用事があるらしく、出かける仕度をし始めました。
「駅まで一緒に行きませんか?」
「ありがとうございます。助かります」
「小林さん、この方達を車にご案内して」
 神父さんと言うのは偉いのです。秘書がいて、車の運転や、身の回りの世話をしてもらうのです。この神父さんが特別なのかと思ったら、30代と思われる若い神父さんにも秘書がいました。
 車で駅まで送ってもらい、深々と頭を下げて神父さんを見送りました。
 くうみんは「神父さん」と言っていますが、おじさんこと主人ですら、「神父様」と言います。
「神父様が病室に来てくださるのか」
「でも、おじさん。神の許しをいただくって、おめ~はもうすぐ死ぬって言われるのと同じじゃん。なんか、怖くね?」
「それもそうだなあ」
 今日は何を食べようか、とくうみんが言うと一気に俗世間モードに入りました。
 今日は遅くなったし、デパ地下グルメでも行くか!と話がまとまりました。


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ああ、お義父様! 入院ですって!

 話は前後します。くうみん父が亡くなった頃です。介護施設に夫婦で入っている主人の父が倒れました。すぐに救急車で病院に運ばれたそうです。
 その前から、ちょっと頭がピヨピヨしていて、
「ロシアとフランスが攻めてきたらどうするんだ?」
など、訳のわからないことを言っていましたが、そのたび
「そんな難しいことは後で考えればいいんだよ」
と、おじさんはナイスな受け答えをしていました。

「とうとう来るべきときが来たか…」
くうみん父は入院して8日で亡くなりました。嫌でもそうなることが頭をよぎります。でも、もう86歳、大往生だし…など考えていたら、おじさん(主人のこと)はおもむろに電話機を取り、どこかに電話しています。
「あ、菜の花葬祭さんですか?先日お世話になりました、桜井(個人情報保護のため仮名)ですが…」
 何と葬儀屋さんにかけています。そういえば、「骨壷が重すぎる」とか言っていたのを思い出しました。
「もっと、骨壷、小さいのありませんか?重くて持っていられませんよ、あれじゃあ。全部入らなくていいからさぁ。えっ、探しといてくれる?」
 やっぱり…
「それじゃ、小さくてかわいいのにしてください」
 おじさんはぷちっと電話を切ると、ふぅ、と一息つきました。
「おじさん、残った骨、どうするの?」
「火葬場で一筆書けばいいらしい。後はよろしく取り計らってくれるそうだ」
「ふうん」
 まだ生きているのに…でも、死んでからじゃ間に合わないから、これが正しいのかもしれません。

「おじさん、おとうさんのクリスチャンネーム、判る?」
「わからねぇ。聞き出さなきゃ。ヨハネ、だったかなあ」
 主人の家はカトリックです。主人の祖母からクリスチャンになったのです。弟2人はそれなりのクリスチャンですが、お義父さんは全く教会には行かない「なんちゃってクリスチャン」でした。

 ちなみにこのお義父さんもおじさんに似て何事もアバウト、ばあちゃんが亡くなったとき、墓石に間違ったクリスチャンネームを彫ってしまったのです。
 納骨で親戚が集まったとき気付いたのです。
「あ~あ、本当はエリザベットテレジアなのに、エリザベットだけだよ」
 お義父さんは頭を掻き掻き言いました。
「いや~、間違えちゃった」
「兄さん、仕方ないな」
 くうみんはあわてて言いました。
「ど、どうするんですかぁ」
「いや、それより、食事の時間がもうすぐだ、行こう」
「いや~、おなか空いたなあ」
 それきり、うやむやになってしまいました。おおらかな家です。

 次に見舞いに行った時、聞きだすことにしました。


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主婦くうみん  ある一日

 くうみんはこれでも主婦です。デパートや専門店で買い物はめったにしないけれど、日々の買い物が好きで、毎日のようにあっちのスーパー、こっちのスーパー、フンフンフンフン匂いをかぎながらうろつきます。

 最近の放射能騒ぎでボトル入りウォーターが棚から消えました。お米、パン、麺類などの炭水化物もありません。
 なぜ、主食類だけ…?被災地に寄付しているのかしら?そうならいいけど。人間食べるものが心配になると、炭水化物が欲しくなるのでしょうか。
 インスタントラーメンは真っ先に品切れ。反対に売れ残っているのは野菜。産地を見ると茨城、群馬、栃木。

 ちょっと待ってよ。インスタントラーメンなんてジャンクフードは食べるのに、大丈夫ってお墨付きの野菜は食べないの?
 くうみんは野菜を買ったよ。茨城産の白菜と、栃木産の春菊。インスタントラーメンなんて、この数年食べてないね。

 それなのになんで乳癌になったんだって?う~ん、神のみぞ知る。

 今日は夕方から停電だから、これで鍋を作ろう。鳥肉とタイのあらを買って、寄せ鍋にしよう。
 テーブルの上に懐中電灯をぶら下げ、ヘッドライトを手元におく。カセットコンロの上で鍋が出来上がる。
「いただきます」
 おじさんと囲む食卓。子供でもいたらと思ったこともある。でも、これはこれで平穏な毎日。
 突然電気が消えた。
「ヘッドライト、ヘッドライト」
 二人とも頭にヘッドライトを付け、また何事もなかったように食べ続ける。

「おじさん、なんだか炭鉱で働いてるみたいだね。安全第一って書いてあるヘルメットが欲しい所だね」
「うん、それがあれば完璧だ」
 ヘッドライトをつけた間抜けな姿の中年夫婦。
 ぱっと、突然電気が付いた。

 被災地の皆さんに平穏な生活が早く戻りますように。
 今日はちょっとおとなしめなくうみんの日記。


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蒲田先生の診察

 蒲田先生の1年後検診を受ける日が来ました。乳腺科の診察は2年までは3カ月おき、それを過ぎると半年おきにありますが、放射線の先生の診察は放射線治療が終わってすぐにもう来なくていい人もいれば、1年後再度来るよう指示される人もいます。状態によって違うようです。
 1年後に来るよう指示されたガントモ達は皆、卒業を言い渡されたようです。くうみんもこれで蒲田先生に会えなくなると思うと、さびしい気もしましたが、そうなったらストーカーよろしく先生の出るマラソン大会を調べ上げて先生の匂いをフンフン嗅ぎ回って見つけてしまおうかなど、思いました。

 でも、走っているときの顔は時に酸欠の金魚がアップアップしているようであったり、鬼の形相だったり、好きな人には到底見せられないのです。
「どーしようかしら?うふっ」
 入賞したら紅白饅頭を持って来ようと思っていましたがそうは行かなかったので、きょうは先日行った湯沢温泉で買った、「新潟限定キノコの山ヨモギ団子風味」を持ってきました。

 診察室に入ると、先生は若い弟子を従えていました。弟子達はパソコンの画面に向かって真剣な顔をしています。先生はこの道の権威なんだ、偉いんだなあと思いました。
「お久しぶりです」
「こんにちは、今日は1年後検診ですね、あれ、検査してないの?」
 先生はパソコンのマウスを操りながら、画面を見て言いました。くうみんはエックス線、マンモ、超音波、すべての検査をしないことにしていました。
「はい、血液検査だけにしました」
 先生は困った患者だな、という顔をしました。
「でも~、角南先生はいいって行ってたし…」
 と、くうみんは、なにやら訳のわからない言い訳をしました。
 一通り、診察をして、先生は言いました。
「今日はこれで終わり。だけど、また1年後にきてくれる?」
「えっ、2年後検診ですか?」
 そこまでする人はほかに聞いたことがありません。ちょっと心配になりましたが、
(先生とまた会える)
 と思うと自然、顔がほころびます。
 へっへっ、大沢親分悔しがるぜ。
「先生、これ、お土産です。キノコの山ヨモギ団子風味です。皆さんでどうぞ」
「いや、これはどうも」

 本当は先生だけに食べてもらいたい。だけど、それではくうみんの愛が先生の重荷になってしまう…キノコの山は重すぎる愛…
 先生は「キノコの山ヨモギ団子風味」を受け取りながら言いました。
「どこかの大会で、一緒に走れるといいね」
 先生に鬼の形相は見せたくないけど、速いところは見せたいジレンマ…そのジレンマから思わず口をついてしまったとんでもない言葉…
「そうですね。それより今日は先生を診察台に押し倒そうと思っていたんですけど、弟子が二人もいては、無理ですね」
 もっと困った顔の蒲田先生。
 必死に笑いをこらえる弟子達。
 ああ、なんてことを口走ってしまったのか!くうみんはまずい!!と思って
「ありがとうございました!」
といって、ささっと診察室をあとにしました。
 
ああ、好きな人の前に出るとあがってしまって変なことを口走ってしまう。子供の頃からそうだった…後悔の涙に暮れるくうみん。


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もう一つのガントモ会…放射線蒲田シスターズ

 明るい未来と将来の夢を語るガントモ会はスナミシスターズ。スナミ医師の患者と言う縁です。
 もうひとつ、放射線医の蒲田先生の縁で集まる蒲田シスターズがあります。蒲田シスターズの一人からお誘いがありました。
「今度の土曜日、お昼に集まらない?」
「うん、行く行く」

 自分が号令かけるのは結構面倒なものがあります。できれば誰かが計画を立ててくれて、それに乗っかってしまえればこんな楽なことはありません。まだ見ぬシスターズの多いこの集まりにレッツゴ。
 
 いつものスナミシスターズと比べると、お上品な感じで、はじめて見る幹事さんには「私が女王様」という雰囲気がブリブリです。大沢さんという、このお方が親分で、第一の子分がその横ではべっています。
 大沢親分が言います。
「放射線を当てる前の診察で、普通、短期照射にしますか、標準にしますかって言われるんですって?わたし、蒲田先生に貴方は標準で行きましょうって言われたわ。選ぶまでもないってことね。おっほっほ」
 放射線照射には30日にわたる標準照射と20日で済む短期照射があります。一回の放射線量は短期の方が多いのですが、効果としては同じです。どこが違うといえば、標準照射の方があとになって乳房の線が崩れず、きれいなままでいられるということです。
 子分が言います。
「まあ、大沢さん、おきれいだから、そういわれたのね」
 確かにくうみんはどちらにしますかと言われました。説明を聞いて、標準にしたのです。ほとんどの人が標準照射を選びます。オバサンでも、女ですもの。
「ふ~ん、蒲田先生は美人にはそういうのね」
「おっほっほ!」
 なんだかいつもと違ってくうみんは女王様にはべる腰元のひとりような気がしてきました。ふん、だ。
 そのうち大沢親分が
「放射線しゅくよいが酷かったわ~」
と言いました。
 「放射線宿酔」と書いて、「ほうしゃせんしゅくすい」と読むのです。
 くうみんはここぞ!と言いました。
「それ、ほうしゃせんしゅくすいって読むんだよ」
 親分の顔色が変わりました。
「しゅくよいよ!」
「だって、看護師さんに聞いたんだもん。なんて読むんですかって」
 宿酔と書いて、普通は「ふつかよい」と読みますが、これじゃ変だと、聞いてみたのです。へっへっ、奥さん、あっしの勝ちでんな。

 こういうと親分は黙ってしまいました。それから何かに付け、引っかかってくるようになりました。
「マラソン、頑張るんだ~」
と言えば
「あなたの体はもう使い物にならないのよ!」
と言います。
「蒲田先生、大好き」
と言えば
「蒲田先生はあたしのことが好きなの!」
「…」

 好きだって言ったって、全員配偶者ありですからね。そんなにむきにならなくても。
 タツノオトシゴのメスは一匹のオスを取り合って戦うと言います。今回の会は蒲田先生を取り合って、タツノオトシゴ大沢親分とタツノオトシゴくうみんが戦ったのです。
 ふっ。負けないわ。マラソンで入賞したら、先生に紅白饅頭を贈るのよ。


 
 今日は6時20分から停電です。間に合った~。クリックいただけたら幸いです。 

 
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明るい未来と将来の夢を語るガントモ会

くうみんたちは年に2、3回、ガントモ会を開きます。土日のお昼にするのが最近多いのですが12月は忘年会のシーズンなので、飲み会になります。
 日程も決まって会うのを楽しみにしていたある日のことです。朝刊を読んでいると、一つのベタ記事に気付きました。

 〇〇病院の医師網棚に個人情報置忘れ
 12月〇日午後11時頃、男性医師が電車の網棚に患者の個人情報満載USBの入ったかばんを置き忘れた。気付いてすぐに届けたがいまだに見つかっていない。
 
 〇〇病院はくうみんの通っている病院です。いっぱいやった帰りにやっちまったね。まさかスナミ君じゃねえだろうなぁ。今度皆に会ったらこの話、ふってみよう。

 忘年会当日になりました。ところはオヤジのよく行くようなくうみん好みの居酒屋です。皆も同じことが気になっていたらしく、すぐにこの話題で盛り上がりました。
 誰ともなしに言い合います。
「誰かしらね、そんなことしちゃったの」
 40代前半、若手のB木さんが言います。
「あたし、あの後すぐ、診察だったのよね。そしたら角南先生、インフルエンザで休みだったのよね」
「えっ、あのタイミングでインフル?」
 大根サラダを取りながら長老C原さんが言います。
「インフルエンザじゃなくって、謹慎だったんじゃない?」
「そうかも」
 皆口々に怪しい、おかしいと言います。くうみんはごくごくとビールを飲んだ後言いました。
「それじゃ、あたし今度の診察のとき、聞いてみる」
B木さんがマグロの刺身を醤油につけながら言いました。
「えっ、できる?そんなこと」
「ふっ、スナミ君なんか怖くねぇや」
 くうみんはそう言うと、焼き鳥をむしゃむしゃ食べました。

 ということで、診察当日、くうみんは例のベタ記事の切抜きを持って診察に臨みました。
「大丈夫ですね」
 あったりまえじゃん。大変なのはあんただろう。
「どうもありがとうございました。あ、そうそう」
 新聞の切抜きをスナミのほうに出して言いました。
「あの~、これ先生じゃないかって噂なんですけど」
 スナミは老眼の来た目を細めて記事を見ます。
「それ、俺じゃねぇよ!!」
「そうですか、だって絶妙のタイミングでインフルエンザなんておかしい、本当は謹慎だったんじゃないかって皆が」
 スナミは口をへの字に曲げて後ろを向き、またこちらに向き直って言います。
「謹慎だったら一月くらいは出てこられねぇ」
「はあ、そうですか。皆にも言っておきます。ありがとうございました」
 今日はこのくらいで勘弁してやるっ!

 そして3ヶ月ほどたったある日、またガントモ会を開催する日がやってきました。
「ねえ、あたし、聞いて来たわよ。スナミに例のこと」
「えっ、どうだった?」
 ランチでしたが個室だったのでくうみんは一人二役で熱演しました。
「えっ、そんなにむきになって否定したの?」
「怪しいよ、それ」
「それにお医者さんのようなインテリは自分のことを普通俺なんて言わないわよね。わたし、よね」
「不意を突かれるとつい、そうなるのかも」
 情報満載てんこ盛りUSB置忘れは角南先生で間違いない。そう結論付けられました。

 スナミ君。済まない。熱演が過ぎたかもしれない。


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ホルモン剤をどうしよう

 くうみんは、ホルモン剤の効くタイプの乳癌なので、抗癌剤終了後ホルモン剤を服用しています。
 副作用もほとんどなく…と言うふれこみでしたが、嘘八百!まず酷いのはホットフラッシュです。熱い味噌汁を飲んだとか、精神的に焦ったとかのトリガー(きっかけ)がある場合もありますが、何の前触れもなく、なる場合もあります。
 漢方薬を飲んでいないときは、着替えなくてはいけないくらい汗だくになること1日に数回。そのたびに着替える訳に行かないので仕方なくそのままでいます。汗臭くなります。皆の迷惑。なので、そのたびファブ〇ーズを浴びます。

 漢方薬を処方してもらって、かなり良くなったのですが、100%良くなる訳ではなく、そしてまた最近、ひどくなってきたのです。
 病院の怪人、福島先生も完全には無理、とおっしゃっておられるし…

 そして頭が回らなくなるのです。自分の意見を言うといった、アウトプットはできるのですが、インプットができません。例えば人の言うことを聞いたり、取説を理解することです。
 だから、くうみんは自分勝手になった、と感じている人も周りにいるかもしれません。
 もう、やめたい。いや、もうやめよう。ブログ相談者Nさんも、「ホルモン剤は良くない」
とおっしゃっておられる。

 こら~!!スナミ!モルモン剤はやめるぞ~!!

「あの~、先生。ホルモン剤やめたいんですけど」
「ホットフラッシュ酷い?」
「酷いです。耐えられません」
「そ、じゃ、やめましょ」
 主治医スナミはあっさり了解。あまりにわがままな患者なので反対しても無駄と悟ったのかも知れぬ。これはこれで不安に思うのは人間のおかしな所。
 けれど、とりあえず良かった。これで以前のように爽やかな毎日を送ることができる。

 ところが…
 次は病院の怪人福島先生の診察。漢方薬の処方を受ける予定です。
「先生、ホルモン剤止めることにしました」
「えっ、そうなの?ホットフラッシュ酷い?」
「はい、もう耐えられませんので」
「体質が変わったのかもしれないなあ。ちょっと横になっておなか出して」
「舌出して。あ~!!相変わらず酷い舌だなぁ」
 言いたいことを言ってくれましたがとにかく漢方薬を替えて、もう一度ホルモン剤を続けてみるよう言われました。

「…」
 思わぬ伏兵、病院の怪人。
 くうみんはホルモン剤がいいかどうか、実は決めかねています。
 でも、自分なりの基準と言うのがあって、それは効く、効かないは二の次で「いかに快適であるか」が、第一義なのです。楽しんでなんぼの人生と思うのです。
 だから、お医者さんから言われても、快適でなければ嫌だと思うし、同じように「食べ物で治す」と言う意見の人の言うことも快適でないことは嫌なのです。
 例えば、肉は食べるな、とか言われても食べたければ食べます。
 今度の診察までに様子を見て、大丈夫そうならホルモン剤を続けてみては、と病院の怪人は言いました。
 
 と言うことで、う~ん、悩む。

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震災ネタ復活! ひねくれくうみんボランティアに参加

 老人と子供混成というのは言い過ぎなので、中高年子供混成チームと名づけることにしましょう。略して「中子混チーム」
 班長さんは60歳くらいの上品な感じの女性、Mさん、40代と思われるお母さんと、中2の女の子、小学校2年と言う男の子、年はマル秘のくうみん、合計4人のチームです。

 現場には歩いてむかいましたが、道路は上下にうねって、よそ見でもしているとすぐにつまづきます。15分ほどで到着し、少し休んで作業開始。水を待っていると、
「ちょっとスコップ洗い手伝って」
 と作業のお誘いが。
「は~い、しま~す」
 スコップに付いた泥を箒でかき出し、1輪車にためた水で洗います。隣でスコップを洗っている女性に、くうみんは聞きました。
「どちらからいらしたんですか?」
「ここに住んでいるのよ」
「えっ、ここの方ですか?」
 気さくな人じゃないの。
 地震から一週間以上たった今でも、水が出なくて困っている。今でもそうだけれど、泥かきも水汲みも、自分達だけでしなければならないと思うと、大変だと言う以上に気持ち的に惨めになってしまう。自分達だけがこんなひどい目に、と。
 けれど、見ず知らずの人たちがこんなに助けてくれて、一人じゃないんだ、皆が私たちのことを気にかけてくれているんだと思うと、それがうれしい。
 そう言っていました。
 オバサンばかり、何人かでスコップを洗って、片づけを終えました。今度は水汲みの方に戻り、水をリヤカーに積んでバケツのおいてあるところを回って歩きます。
「どうもありがとうございます」
 震災と言う被害を受けたのに、皆ニコニコしています。被災したのは不幸なことだけれど、それによって人の暖かさが判ることもあるのでしょう。

 ボランティアと言うのはくうみんみたいなオバサンがおしゃべりしながらするものだと思っていましたが(実際くうみんたちはおしゃべりばかりしていました)行ってみると若い人ばかりでした。9割がたが30歳以下でした。
 街なかであったら、ちょっと怖いかもなお兄さんもたくさんいたし、付けまつげばさばさの女の子もいました。でも、見た目で判断しちゃいけない、皆、困ったときは人助けしようという心優しい人たちでした。
 捨てたもんじゃない。こんなすばらしい若い人たちのいる日本を、おかしな国にしてはいけない。そして、こんなすばらしい若い人がいる国ならば、きっと未来も明るくなるのではないか、と思いました。
 帰るとき、中子混チームはなぜかお互いに「ありがとうございました」と言い合ってわかれました。ボランティアってしてありがとう、してもらってありがとうなものなのです。
 また、するか。

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震災ネタはもうしないつもりだったのに…ひねくれくうみん醜い動機でボランティアに参加

 くうみんは主婦なので、安いお店を探してあっちへフンフン、こっちへフンフンしています。結局ここが一番だと言うお店は隣町にあります。
 毎日のように隣町へ行っていますが、震災後のその町がひどいのなんの。塀は崩れ落ち、道路はぼこぼこで、見た目もひどいのですが、なにやらいまだに上下水道が復旧していない地域もあるとのこと、そこでボランティアを募集しているのです。

 災害のひどい所はその町ではなぜか高級住宅街が多いのです。そんなところに住めたらなあ、いつも思っていたところが被災!!これは優越感…(ああ、醜い)
 どんなになっているんだか、と言う好奇心からやってみようかと思っただけなのですが。しない善よりする偽善、など巷では言っています。

 ボランティア内容は泥かき。
「泥かき!う~ん…」
 液状化現象で噴出した泥は大変に粒子が細かくてまるでシッカロールのようなのです。くうみんも、最近は買い物に行くたび目にほこりが入って、帰るとすぐに目を洗うことにしています。
 そんなところで泥かきなんぞしたら、どんなことになるか、想像するに難くありません。すっご~く悩みましたが、
「嫌だったら途中で帰っちゃお」
とたくさんの不届きな考えを胸に登山用カッパ、マスク、帽子、軍手、長靴と、格好だけはやる気満々の雰囲気を演出し、自転車でボランティア受付に行きました。

 そこにはたくさんの人が並んでいました。20代前後の若い人が多く、くうみんのようなオバサンはめったにいません。
 一つ、オバサン軍団を見つけましたが、それは炊き出し班でした。一人のオバサンが
「お米が届かないから、ご飯がなくなったわよ!おにぎりができないじゃないの!」
と、職員を責めています。
 職員は
「へ、すいません!すいません!」
とへこへこ謝っています。

 受付を済ませ、待機すること2時間。泥かきは嫌だなあ、と思っていましたが割り振りの職員も適材適所を心がけているようでくうみんの行くのは子供と年寄りの混成チームでした。泥かきではなく、水の配給係だということです。
 水道がいまだ使えないマンションにトイレ用の水を配るのが仕事です。
「ここはまだいいんです。下水道は使えますから」
下水道が使えないと言うことは、水を流してはいけないと言うことです。歯磨きした水さえ流せないのでバケツに汚水を貯め、外に捨てに行くのだそうです。
 人と同じく、ライフラインも入れるより出す方が大切な気がします。
 作業を待っていると、この高級住宅街に住んでいる奥様が
「今日はありがとうございます。よろしくお願いします。これ、よろしかったらどうぞ」
と、お菓子の差し入れをしてくれます。
「…」
 くうみんは自分の心の醜さを恥ずかしく思いました。

「さ、行きましょう」
 班長さんの号令で、くうみんたち老人子供混成班は行動を開始します。さてはて、どうなりますやら…

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おおかみ東京電 震災ものはもうしないつもりだったのに…

 停電だ停電だと言っておきながらずっと停電に踏み切らなかった東京電力。そのたびに水を汲んでおいたり(マンションなので水道はタンクからポンプでくみ上げているため)、食事の仕度を早めたり。
 会社やお店は停電に備えて早仕舞いしたり、社員を自宅待機にしたりの対策を立てたと聞きます。
 もちろん、被災地の方々が一番辛い思いをしているのですが。
 そうして停電を待ち構えていると…停電回避、だって?
「皆様のご協力により、停電を回避することができました」
って、素直に喜ばないのはくうみんだけではないでしょう。皆非常時だと思って、安全のため、復旧のため、そして何より被災地のために協力しているのです。
 それを肩透かしとは、あの、おおかみが来たぞ、のおおかみ少年そのものです。

 で、とうとうくうみんの住む町も、停電になりました。昼間だったので、そんなに混乱はなかったのですが、お店は早仕舞いし、そして水道も出なくなりました。そして3時間。また電気がつきました。
 心配していた冷蔵庫の中身も無事です。お店も再度開き、皆買い物に駆けつけました。

そう、停電しても、誰も文句を言う人はいません。海外の新聞各紙も、日本人の冷静さ、礼儀正しさに感嘆しているようですが、日本人ならこれくらいはできるのです。

 それより、原発の安全を早く見届けたいのです。今となってはそれが東京電力に対しての一番の望みです。
 しかし、今回思ったのですが、原発を使うのは人間には無理なのではないか?原発の恐ろしさを制御することなど、人類にはできないのではないか?そう思いました。
 安全のためなら、皆で少しづつ不自由することくらい、皆するでしょう。
 日本人は、いえ、世界中の人たちだって、あればあるだけ使ってしまうようなおばかさんではない、とくうみんは確信しています。

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抗癌剤のバカ~!!数字のマジック…たった一つ良かったこと

 よく、抗癌剤の奏効率20%とか30%とか言います。はじめは意味が判らなくて、きっと抗癌剤をすればくうみんの10年生存率は20%アップするのだろう、30%アップするのだろうと思っていました。

 でもそうじゃないと、抗癌剤をしているときに気付きました。
 抗癌剤をしているときは、終わったら乳房全摘の再手術をする予定だったので、どうにか回避できないか、するとしてももっと優しい先生はいないか、必死に調べていたのです。
 結局再手術はしないことになったのはブログに書いてありますが。その他、そういった知識も身につけたのです。

 抗癌剤の奏効率が20%というのは100人の患者が治療したとして、効果があるのは20人と言うことです。
 あとの80人は効果がありません。体を蝕んで副作用、後遺症に悩まされるだけです。そう、80%の人には毒でしかないのです。

 これは中世に梅毒の治療に水銀を使ったのと匹敵する野蛮さだとくうみんは思うのです。それでも効果のある20%に入るはずだと抗癌剤に賭けようとする人もいるでしょう。それはその人の考え方だから、どうこう言うつもりはありません。
 でも、くうみんみたいに、勘違いしてしまった人も多いのではないかと思うのです。つくづく数字のマジックは怖いと思います。

 でも、たった一つ、良かったこと…といえるものが…いや、ちょっと、言いにくいなぁ。
 …実は水虫が治ったのです。しつこい水虫で、一年中薬をつけているというのに、夏近くになると行動を開始すること、何年続いたか。
 あるガントモはピロリ菌がいたはずなのに、抗癌剤終了後に検査したらいなくなっていたって。ガントモのガントモにも、水虫の治った人がいるんだって。他にもそんな人、いませんか?
 抗癌剤ってやつはいいのも悪いのも、一網打尽にする、今回の地震みたいなものなのね。

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抗癌剤の後遺症 ああ、心肺が…

 くうみんの趣味はランニングです。20代の終わり頃、腰が痛くなって整骨院に行ったら先生に言われました。
「貴方は背骨を支える筋肉すらない。ラジオ体操でもいいから毎日するように」
そのレベルだったのです。毎日ラジオ体操にいそしみました。

 そのうち、もうちょっとしたほうが痩せられるのではないかとスケベ心を出しました。その頃エアロビが流行りだしたのですが、そんな高度なことはできないので、走ることくらいはできようと、ランニングを始めたのでした。

 はじめのうちは道路を走るのは恥ずかしいことでした。一人で走りはじめた人はわかると思いますが、
「カッコわり~走り方~」
「痩せようと必死なんだ」
と、皆が見ているような気がするのです。
 でも、皆そんなに暇じゃない、ジミ~な女が走っていた所で誰も見てくれないと言うことはすぐにわかりました。

 てってこてってこ毎日ジミ~に走っているうちに主人と走るようになり、マラソン大会に出るようになり、そのうち主人よりずっと早く走れることに気付きました。
 はじめは悔しがっていた主人もとてもかなわないと悟り、
「いや~、こいつは早いんだよ」
 と言うようになりました。フルは4時間を切れるようになり、ハーフではレベルの低い市民大会なら入賞できるようになりました。
 「この方、足の速いくうみんさん」
と、紹介されるようになったときはうれしかった。それまでは、単なるおバカなくうみんでしかなかったからです。

 ゴールの手前で男どもがくうみんのために道をあける快感、一瞬の女王様気分…
 それが、今では過去のことになってしまいました。癌が原因ではありません。抗癌剤で、心肺がだめになってしまったのです。
 抗癌剤をするときは、これで、生存率が上がるなら、と思っていました。効かない人のほうが多いと言うことは、後でわかりました。
 確実なのは、体に大変悪いと言うことです。今までのように走れない。

 楽しみながら走る?ファンランでいい?
 勝てない走りがなぜ楽しい事があるのか、悟れないくうみんはそう思ってるのです。
 そして夢を捨てきれずに、今でも走っているのです。


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抗癌剤の後遺症 ああ、髪の毛が…

「薄い…」
 頭頂部を合わせ鏡で見ると、地肌が透けて見えます。これに気付いたのは筋トレクラスに出たとき、前にいる男性の後頭部の髪の毛が薄くなっているのを見たからです。
「自分に見えないところだから、わからないのね。あっ、私大丈夫かしら?」と。

 ガントモの皆さんも抗癌剤組は薄毛に悩んでいます。
 男性は、後頭部が薄くなるタイプと、額が禿げ上がるタイプとがありますが、くうみんの観察では、後頭部が薄いタイプは性格温厚な草食系が多く、額禿げ上がり型はワイルドな肉食系が多いのです。 女性も同じような気がします。ガントモのKさんは額の薄いのに悩んでいるようですが、彼女は積極的な性格でワイルド肉食系と思われます。
 となると、後頭部の薄いくうみんは温厚草食系らしいですね。
 気付いて以来髪の毛の流れを工夫して薄いのをごまかしていますが、これってバーコード親父と同じですよね。

 みんなに聞いてみたところ、育毛剤を試しているとのことで、遅ればせながら通販で育毛剤を買って、朝晩マッサージすることにしました。ミノキシジル2%のリ〇ップのジェネリックです。5%もありますが女性には強すぎると言うことです。

 髪の毛は薄いだけではなく、艶、ハリ、コシもありません。いぜんはよく聞かれました。
「くうみんさんの髪の毛きれいね。なに使っているの?」
「椿油ですことよっ」
そう答えたらその女性は翌日椿油を買ってきたから、お世辞じゃなかったと思います。そしてまた聞かれました。
「そうそう、シャンプーは何を使っているの?」
「石鹸」
「えっ、石鹸シャンプー?」
「ううん、普通の固形石鹸。ほら」
と、普通の石鹸でバリバリ洗って見せました。これは誰も真似しませんでした。
 今でも石鹸で洗っています。この方が自然でいいと思っているのですが、果たしてどうなんでしょう。
 しっとりつやつやに仕上がるシャンプーは、表面上はきれいになるけど、髪の毛に対し、本当にいいのでしょうか。
 シャンプーを使うと、癌になると聞いていたのでずっと石鹸を使っています。誰か詳しい方、教えてください。


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今のくうみんにできること

 自分の生活がほぼ普通に戻って、やっと周りを見渡せるようになったおバカなくうみん。 さて、何ができるだろうと考えた。とりあえず節電。うん、ブログなんか書いてる場合じゃないぞ。すぐやめるってば。
 ブロ友のぴょんこさんは「お水を大切に」って言ってた。わーった。風呂水も、水撒き、掃除洗濯に使う。
 隣町はまだガス、水道が復旧していない地域があると聞く。そこに住む友達にメールを打つ。
 くうみんのところはもう大丈夫だ。風呂くらいなら入れてやれるぞ。卓上ガスコンロもガスつきで貸し出すぞ。
 もっとひどい被災地の人には、まだ何もできない。こんなとき、自分だったら欲しいもの…ああ、ノモイさん、どうしているかなあ。ノモイさんはブロ友と言うより、くうみんのよき相談者。ノモイシホさんだ。逆から読むと…なので思い出してしまった。
 駄犬くうみんは思考の方ももあっちへフンフンこっちへフンフン…
 自分だったら、やはり、水、食料、トイレそれと風呂かなあ。
 仙台に親兄弟のいる友達は、両親だけは身柄を確保、こっちに連れて帰るって。ご両親は良かったけれど、まだまだ心配。

 悪い頭をフル回転させて考えてみる。今日はここまで。


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少し余裕ができて、もっとひどい目に遭っている人を思うようになる。

 12日の11時12分頃水道が復旧、果てしない旅には出ずに済みました。台所の水が正常に出る幸せ、トイレの水が充分に流れる安心、やはり水はありがたいものです。

 ガスはまだでないのですが、調理用にはガスボンベの用意があります。風呂はスーパー銭湯に行くことにします。
 今日は手料理をふるまうことにしよう、卓上ガスコンロでできるものといえば鍋物です。鶏肉があるから鳥の水炊きにしよう。白菜もあるしこんにゃくもある…豆腐がないから豆腐を買おう。

 名犬はわき目もくれずまっすぐに前を見てさっさと歩くらしいのですが、駄犬はそこらじゅうをフンフン嗅ぎ回るのです。それと同じようにくうみんもそこらじゅうのスーパーをフンフン嗅ぎ回ります。

 そこで見た光景は…!何と買いだめに走る人々の姿です!
 まず、水、お惣菜、弁当類とカップめん、レトルトカレーの品切れが目立ちます。生鮮野菜も品薄です。
 「きょはすごいね!きょはすごいね!」
フィリピン人の野菜部門担当者が言います。そこで彼がお客さんから質問されます。
「フキノトウっててんぷら以外にどうやって食べるといいのかしら?」
 彼は答えます。
「私わからないね」
「そうでしょうね」
だったら聞くなよ、おばちゃん。
 日本人なら少しはわかる買いだめの心理が彼にはわからないようです。こんなにたくさんのものが溢れているのに、なぜ買いだめに走るのか…と。

 お風呂は当てにしていたスーパー銭湯は入場制限していつ入れるかわかりません。普通の銭湯に行くことにしました。一件め、二件目はお休みで三軒めはとりあえず営業していました。蛇口からお湯がちょろちょろとしか出ません。風呂屋さんも心意気で今日の営業を決めたのだろうと思うとありがたくてお礼を言いたかったのですが、電話とお客さんの応対に追われていて、何もいえずにそこを立ち去りました。

 卓上コンロで水炊きを作りました。明日はガスが使えるようになる、そう信じて疑いませんでした。ところが…
 今朝、恐る恐るガスをつけようとしたらガスはまだつきません。ガスは長期戦になりそうです。

 もっと大変な思いをしている人たちがいるというのに、自分のことだけ考えて、くうみんってやつは仕方のないやつだと思う人もいたでしょう。

 テレビは相変わらず地震の報道をしています。同じ報道を聞いていても、水道が出ないときは、自分のことばかり考えていました。水も出るようになり、風呂にも入れると、あの人たちはもっと大変なんだとやっと気付くのです。
 きょう、初めて東北の方々のことを考えました。
 くうみんにできることは、なに?、と。

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大地震の翌朝 今日はいろいろなところに旅に出る予感

 余震は何回かあり、不安でしたが眠ってしまえばこっちのものです。
 朝7時ごろ目が覚め、しばらくうだうだした後、トイレに行ったら水が流れません!
 夕べ水が出たのはタンクの中の水が出ていただけのようです。ガスが出なかったので風呂に入れず、したがって風呂水の蓄えもなく、トイレが流せません。
「どうしよう…」
こんなに困ったのは父が亡くなって墓のあてがなかった、そのとき以来です。

 とりあえず食器を洗わずに済むよう、紙コップや割り箸を使うようにしていつものように軽い朝食を済ませました。

 次におじさんとトイレを求めて旅に出ました。駅のトイレは改札の中だし、公園はやや遠い…近くに市役所の出張所があるのを思いつき、そこに行くと警備員のおぢさんが椅子に座っていました。
「トイレ借りていいですか?」
「どうぞ」
と言う訳で、バビブベボとすっきりして、そこをあとにしました。水を買おうとコンビニに行ったら、水はすべて売り切れ、かろうじてあるのは小さなボトルのものだけでした。 
 やはりこういうときは水なのですが、仕方なく1リットル入りの日本茶を買いました。日本茶は癌に効くといいます。せめて体にいいものを。
 お弁当類もほとんど売り切れで、わずかに袋入りの生野菜や、焼きシシャモが残っているだけです。これも若い女性がさささと、かごに入れていて、売り切れは秒読みです。

 実はくうみんはおなかゆるぎみで何回もトイレに行きます。トイレを借りるたびに許しを請わなくてはならないのは妙齢のご婦人たるくうみんには苦痛以外の何物でもありません。
「いいじゃないか!あのおぢさんと友達になれば!」
 うちのおじさんはうれしそうにそういいます。あのおぢさんが悪い訳ではないが嫌だ!そんなきっかけで友達になるのは。そうだ、場所をそのつど変えよう。買い物ついでと言うより、トイレついでに買い物をしたりして。
 今日はスーパー、公園などいろいろなところを旅する日になりそうです。


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ひねくれくうみんの地震速報! 地震速報!

 今日は6ヶ月ぶりの検診でした。またスナミのことでもネタにするか…など思いつつ、家に帰り着き、着替えようと思ったそのときです。洋服ダンスがカタカタなっているので、
「霊か!」
 と思ったらゆれが次第に大きくなっていきます。地震だ!
「うわぁ~!おじさん、こわいよ~」
「おれもこわい!」

 くうみんは食器棚の扉を必死に押さえつけ、おじさんは本棚を押さえています。食器棚の中で、食器が棚からはみ出ます。どうやって元に戻そうか…
 大きな揺れがすごい長い時間に感じられましたが、一体どれくらいの時間だったんだろう。30秒くらいかなぁ?
 メダカの水槽の水が3分の一くらいになっていました。ゆれでこぼれてしまったのです。細い花瓶に花を生けていましたが、意外と倒れませんでした。

 いつものようにフィットネスクラブに行こうと思ったら、先に行ったおじさんが帰ってきたのでどうしたのか聞いたら、
「営業できる状態ではない」
と、今日は営業中止。

 買い物に行くことにしました。エレベータは停止しています。仕方なく階段で外に行きます。
 近所のスーパー「ヤマナカヤ」へおじさんと行くと、刺身盛り合わせ、お弁当、お惣菜、精肉の一部が半額、これはいい、普段食べられない高価なものを食べようと、
「広告の品 刺身盛り合わせ本マグロ入り 980円」
をゲット。
「これが半額!」(ささやか過ぎますか?)
 他、カツどん弁当、牛カルビのビビンバ丼、合い挽き肉、カルビ焼き用牛肉など、普段は食べられない高価なものを購入。
「わ~い!半額!」(かわい過ぎますか?)

 帰り着いて風呂を沸かそうとすると、ピーと言う警報音が。風呂が沸かせません。もちろんガスはすべて止まっていて、使えません。弁当を買っておいてよかった。
 母は大丈夫かと電話を掛けると、固定、携帯共に通じません。
「この地域は繋がりにくくなってますぴょ~ん!」
とのこと。ま、大丈夫だろう。

 もう大丈夫と思っているとぐらぐらとゆれます。今日は風呂どころの騒ぎではありません。冷たい水で顔洗うの、嫌だなあ、そう思うのは贅沢でしょうか。それにしても家に帰り着いていて良かった。病院ならともかく、電車の中にでも取り残されたら大変です。そんなことになったら、トイレはどうしてくれるのよ!

 ガスはつかなくなりましたが、電気と水道は大丈夫のようです。
 以上、ひねくれくうみんの地震速報でした。


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タイムトライアル

 ひねくれくうみんはフィットネスクラブのランニングサークルに所属しています。と言っても、「入れて~」「あいよ~」てな感じのものでありますが。
 毎週土曜日はタイムトライアルの日。川沿いの道をみんなで走ります。一人で走っていたときは、全力疾走とかはするけれど、どうも醒めています。練習とはいえ、競争というと燃えてしまうのです。
 付き添いのインストラクターがタイムを数え、
「3、2、1、スタート!」
 スタンディングスタートでみんな一斉に走り始めます。
 はじめは抑え気味、中盤からとばしていって、最後にラストスパート、と言うのがくうみんのパターン。
 苦しい、心臓がバクバクする。足が上がらなくなる。なによ、5キロちょっとの距離で。ゴールでは、いつもくうみんより遅い男が勝ち誇ったような顔でくうみんを見ていました。
 私に勝ててうれしい?私はあなたより10以上年上なのよ。私は女なのよ。そして…化学療法で心肺がだめになったのよ。
 そんな私に勝てて、うれしい?光栄です。そんなに喜んでくれて。でも、いつまでも負けている訳じゃない。
 また頑張ろう。夢よ、もう一度。
 こういうことなら、いくらでも頑張りたい。

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悲しむ暇なんざない! 父の死後の世界 その4

 これで終わりと思ったあなた、ちっ、ちっ、ちっ。まだ甘い。 これはくうみんだけの問題ではないと思います。何かといえば…
 墓です。墓がないんじゃぁ~!!

 くうみん父の実家の墓がないことはありません。しかし、父は繰り返すようですが変わり者だったので埋葬するに当たって親戚筋からあまり良い返事はありませんでした。
 埋葬は許す。しかし勝手にしろ。わしらは立ち会わん。
「そうですか…」
 墓はくうみんの住んでいる所から電車で2時間以上かかるところにあります。そこに遠慮しいしい、墓参りするのは難儀なことです。

「どうしよう…」
 散骨を考えました。海に流すのです。と言っても勝手に流す訳に行かないので専門の業者に頼みます。インターネットで検索すると、たくさんの葬儀屋さんがヒットしました。
「メモリアクルーズ株式会社…東京湾コースかぁ。これが一番安いかな」

「3人まで乗船で8万4千円だって。マキロンとマリリン(妹の子供)と、私の3人乗船でいいんじゃない?業者にまいてもらえば3万1千500円らしいけど、これじゃぁね」
 妹のマキロンに言いました。
「えっ、そんなことできないよ!」
「何でよ?先祖代々の墓には入れないし、お金もないのよ」
 この頃のくうみんは骨をなんとかしなければ、と言う思いが強くて、どうにかできればどうでもいいと思っていました。
 しかしマキロンは、どうしても骨を海に流すのは受け入れられないと言うので、またまたネット検索したところ、2駅ほど離れた所にある納骨堂をみつけて、そこはどうかということになりました。
「浄土宗か…宗派問わず…うちは天台宗とか言っていたけど、これならオッケーだ」
「戒名はどうするの?」
マキロンが言います。
「ないわよ、そんなの」
「そんな、せめて普通にしてあげようよ」
おっ、ほっ、ほっ!!そう笑うと、言いました。
「何言ってるの、マキロン。これ、普通じゃないの?!」
「えっ、これ、普通かぁ」
 戒名なんて日本だけの習慣です。仏教本場のインドでも、聞いたことがありません。
 その納骨堂なら、埋葬料20万円で、10年間は納骨堂に納められ、そのあとは合葬されると言うことです。くうみんが死んでも、これならお寺さんがまつってくれます。
 ここがいい、くうみんはそこに父遺骨を預けることにしました。
 納骨当日、おじさん(主人のこと)が、はじめてお骨を持ってくれました。
「わっ、こんなに重いの、お前持っていたのかよ!」
「何よ、仕方ないじゃない」
「こんなに重いんじゃ、やっていられないな。どうにかならないかなあ」
 なにやら考え込んでいます。またしようもないことを企んでるな。
 そう、主人の父ももうそろそろ、なのです。

 納骨のときくらいは、と思い、5万円ナリを出して、坊さんにお経を上げてもらいました。ここは値段をはっきりと明示してあって、良心的だと思います。これだけのことで5万円かあ、とも思いましたけど。

 それからくうみんは月に一度、自転車に乗って線香、チャッカマン持参で金魚の墓を子供が守るように墓参りすることになります。
 これでいいよね、お父さん。


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悲しむ暇なんぞない! 父の死後の世界その3

 役所、銀行、年金の手続きが一段落付いたら今度は片付けです。年寄りの部屋というのは長年のガラクタが山積みになっていますから捨てるには業者さんを頼むのですが2社の業者さんに直接見てもらって見積もりを出し、良心的と思われるほうを選びました。

 日時を指定すると、その間に家捜しです。業者さんはただ捨てるだけになりますから、その前にとっておきたいものを探します。安い物では洗剤や鍋などの日用品、若干のお金、残高があるかどうかわからない通帳の束、家の権利証…
 そういったものを妹のマキロンの運転する車で何日か掛けて持ち帰ります。車の中ではおしゃべりに花を咲かせます。あまり仲の良い姉妹とは言えないのだけれど、女はおしゃべりです。

 たんすの中を探っていると、A4の封筒が出てきました。何か入っているので中を見ると、女性の写真が何枚か出てきました。数人います。
 何と驚いたことにその中には若い頃の母の写真もありました。
「ちょっと、マキロン、これ見てよ」
「わっ、今まで付き合った女の写真じゃないの?あっ、お母さんのもある!」
 母は大変きれいな人でした。写真の中の女性の中でも一番の美人です。(今はその片鱗もありません。美とは儚いもの)

 くうみん父と母はくうみんたちが子供の頃、離婚したのです。くうみん達は父の元に引き取られました。
「わしらは捨てられたのぢゃ」
父はそう言っていましたが、子供心になさけないおやぢだと思いました。
 母はさっさと再婚を果たし、別の家庭を持ちました。
 くうみん達は割と母の家とも行き来があり、母の方は
「な~によ、あんな男!」
と、昔から今に至るまで言ってはばかりません。未練など、微塵もないのです。

 父は長い人生の間に、他に好きな人ができてそれなりにときめく事もあったようですが、母にもずっと未練を持ち続けていたようです。
 写真をどうしようか、一瞬迷いましたが、母の写真を含めて、捨てることにしました。そうすることが父の元に届けることになると思ったからです。
「男って言うのは、しようがないなあ」
 くうみんはそうつぶやくと片づけを再開しました。
 いまだ感傷に浸っている場合ではありません。
 
 その後、業者さんによって部屋の中は空っぽになりました。完璧です。


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悲しむ暇なんかない! 父の死後の世界 その2

 これは危ない、と思ったらまず初めにしなければならないのはお金を下ろしておくことです。意識のはっきりしているうちにカードの暗証番号を聞き出しておきましょう。病院の支払いに必要だから、と言えば納得するでしょう。
 年寄りはカードを作っていない場合も多いので、その場合は通帳と印鑑を持って、ばっくれて窓口でおろします。生活に必要な程度の金額なら見て見ぬふりをしてくれますので少しずつ計画的におろします。
 死んだ人の口座は銀行によっていつの間にか凍結されて、おろせなくなるのですが、これは噂によると、銀行員が街なかで葬式に気付いたらチェックして自行に口座があったら凍結すると言うアナログな方法をとっているそうです。あくまで噂の話です。
 だからなのか葬式無しのくうみん父の口座は凍結されませんでした。
 正式に手続きしておろせるようにするには、やれ戸籍謄本をもってこい、やれ住民票だと大変なので何百万円ならともかく、小額の預金はこうしてこっそり下ろしておくのが簡単です。
 医療保険に入っているかどうかも聞き出しておきましょう。せっかくかけていても、わからないでそのままと言うこと、結構多いらしいです。

 さて、父の骨壷を実家に安置したくうみんはマニュアルにしたがって公共料金の諸手続きをしました。
 電気、ガス、水道の支払いをくうみん宅宛にしてもらうべく電話連絡します。片付けもしなくてはならないのでまだ止められません。あとはNHK,電話会社に連絡して、これは停止してもらいます。有料テレビの契約をしている場合は工事が必要です。

 近所の人数人からありがたくも香典を戴いたので、そのお礼状は葉書に肉筆で書きました。長い病院の(これは自分の診察)待ち時間に一枚一枚お礼を書き綴ります。
 そろそろ老眼の来たくうみんにとって苦行のようで、何度も気絶しそうになりました。

 そして、市役所の市民課、後期高齢者健康保険、介護保険の係りに行って手続きをします。
 そのとき必ずハンコと喪主の銀行口座の番号がわかるもの、葬儀屋さんの領収証か、または会葬礼状を持っていきましょう。健康保険から葬祭費として5万円支給されます。

 その次は年金停止の手続きです。これをしないといつまでも年金が支払われ、おまわりさんに捕まってしまいます。必要書類は組合によって違うのですが「除籍謄本」だの「住民票」だの民生委員のハンコをもらえなど言われます。
 と、これが面倒くさかった!くうみん父は職を転々としていたのでやたら企業年金の数が多く、額はわずかと言う最悪のパターンです。
「なんだ、じじい!死んだ後も、くうみんを苦しめるのかぁ!」
 何度もめまいがしそうになりました。それでも数百円(本当です!)から数万円の年金未支給分がくうみんの通帳に塵のようにわずかずつ振り込まれました。
 
 銀行の口座も数行に渡ってあり、これは通帳と印鑑でバックレておろしに行きました。数千円から多くても数万円の金額なので何も咎められずにおろすことができました。
 年寄り相手の詐欺犯人は
「年寄りは葬式代くらいは持っている」
 とうそぶいていると言いますがくうみん父は葬式代も持っていませんでした。永遠に生きるつもりだったのか…80超えたら葬式代の積み立てくらいはして欲しいものです。
 父はがん保険に入っていたので、ここから80万円ほどのお金を受け取ることができました。少なくとも5年以上月2万円ほど掛けてこの金額です。くうみんは助かったのですがコストパフォーマンス悪すぎ。

 こんなに苦労してかき集めた金を妹のマキロンはさっ、と半分持って行きました。


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悲しむ暇なんてない! 父の死後の世界 その1

 医師による死亡が確認されると、すぐに葬儀の手配です。病院でも紹介してくれるそうですが割高と言う噂もあり、かねてからネット検索した葬儀屋さんの「直葬プラン」を頼むことにしました。直送というのは焼くだけでお通夜も告別式もしないのです。親戚づきあいもほとんどなく、仕事もしていないので呼ぶような人を思いつきませんでした。
 病院から電話すると、担当者がすっ飛んできます。病院で葬儀の段取りと料金の説明を受けます。くうみんが頼んだのは税込み10万5千円の「直葬プラン」ですが、その他にドライアイス代が一日8千500円(高いよ!)防水シート3千500円、遺体安置場所から焼き場までのお車代が3万1千500円かかります。そして焼き場の順番待ちで3日ほど待つので、遺体は葬儀屋さんに預かってもらうことにしました。1日3千円です。なんやかんやで17、8万円になりました。
「花はうちでも売っていますが高いので花屋さんで買ってきてください」
 正直な人です。

 しかし死んだ人の顔と言うのは大変に間抜けなものです。筋肉が弛緩してしまりがなくなり、口はぽかんと開いてしまいます。どんな美人も台無しです。くうみんのときはツタンカーメンか、インカ帝国風のゴージャスな仮面を用意しておこうと思います。

 とりあえずお金が必要なので預金が下ろせるようになるまで立て替えられるよう、定期預金を下ろすことにしました。銀行で解約の手続きをすると、窓口のお姉さんが、
「何にお使いですか?」
と言うので、
「葬儀です」
と言ったら、
「し、失礼しました!」
と言いました。

 焼き場に行く当日は、妹一家、妹と、ご主人と一粒種の女の子と、くうみん夫婦と言う総勢5人と言うさびしさでしたが、悼む心は同じです。
 間抜けだった父の顔は葬儀屋さんの死に化粧と復元の技により、まるで眠っているだけのように見えました。さわってみると、冷たくて、やはり死んでいるんだと思いました。

 遺骨を抱えて、実家に置いていくと、役所関係、電気ガスなど公共料金、年金の停止届け出などの手続きと家の片付けなどが目白押しです。
 出たがりのくせに、妹はこういう面倒な手続きをしなければならないと見ると、さっさと撤退します。
「子供もいるし、忙しいの」
 そういえば、父の病状を聞くときも面倒なことになりそうだと途中で降板したよな。ずるいんだから。
 病身に鞭打って、手続きの山に立ち向かわなくてはなりません。


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くうみんの父入院 そして死

 九塞溝旅行から帰って1月半くらいたった夕方のことです。買い物から帰ると、留守電ランプがピコピコ点滅しています。プチッと押すと、
「くうみん、わしだ!お父さんだ!今から入院するぅ!」
 一人暮らしをしている父です。今は月一回くらい様子を見に行っていますが先月行った時はそんなに変わった様子もありませんでした。すき焼き、ステーキが好きなので行くといつもすき焼きを一緒に食べ、ステーキ用の肉を冷凍庫に放り込んでいきます。
 今は介護保険でヘルパーさんに頼めば掃除、洗濯はもちろん、料理もしてもらえるので安心です。
 それにしてもどこに入院するとも言わないし、もう夕方なのでそのまま再度の連絡を待つことにしました。

 翌日の昼過ぎ、妹から電話がかかってきて、
「くうみん大変。じいさんが肺癌だって」
 へ?くうみんの乳癌を知らせたときは若いのにかわいそうに…と言っていたのに世の中わからないものです。順当と言えば順当ですが。
 妹によると、もう抗癌剤もできないほどの末期だと言うことで、どうするか医者と話をすることになった。一緒に来て欲しい、とのことでした。
 とりあえずまだうら寂しい頭部にバンダナを巻いて入院先に駆けつけました。病院の話では妹が
「姉も癌に侵されていて気が弱くなっているので私が話を聞く」
と言ったそうなので、妹の到着を待ちました。
「くうみん!」
 妹です。
「マキロン、あなたじゃないと話はできないそうよ」
「あたしもう嫌!くうみん話聞いてよ」
 あまりにひどい容態なので聞いていられない、と言うのです。
「わかった」
 くうみんは看護師さんに私が話を聞きます、と伝えました。
「お姉さんは病気でしょう?話を聞いて、体に障りませんか?」
「大した病気じゃないから大丈夫です」
 もう先方はくうみんが癌だと知っています。癌患者のど根性を侮ってはいけません。自分の死を覚悟した人間がどうして親の死を悲しみましょう。むしろ、間に合って良かった、というのが実感でした。
 自分が親を見送ることができる…そう思いました。

 先生は、持って2週間くらい、短ければ2,3日、と言いました。
「苦しまなければいいです。食事もなるべく摂らせて下さい。酸素も嫌がるようならしないでください。それによって死期が早まっても構いません」
「わかりました」
 本人に告知はしないことにします。今さら告知した所でどうにもならないからです。酸素もマスクでなく管を鼻につける形のものにしてもらいました。 
「お父さん、良くなってるって。酸素もこれなら、楽よ」
「ここに来て飲まず食わずになってまいったよ。何とか言ってくれ」
「先生に食事を出すように頼んだから、大丈夫だよ」
 その時は比較的元気だったので食事も当日から出るようになりました。しかし、二、三日もたたないうちに容態が悪くなり、また絶飲食になりました。
 父の病室に行くと父は更にヨレヨレでした。
「うぅ、水、水をくれ」
「わかった。水でも酒でも飲ませてやる。とりあえず水ね。ちょっと待って」
割り箸に脱脂綿を巻きつけて、コップの水を含ませて飲ませました。
「あなた何やっているんですか?!」
 いつの間にか看護師が後ろにいました。
「水飲ませているんです。もういいんです」
くうみんはきっと看護師を見ました。もうどの道死ぬ人間に悪いもへったくれもあるものか。
 それからなぜか「絶飲食」の張り紙がなくなり、「水のみ可」に変わりました。

 入院8日目、くうみんの父は静かに息を引き取りました。妹と駆けつけたときはもうすでに亡くなっていましたが手を触るとまだ暖かでした。マイペースなやつでした。
 そう、ここまではきれいごと。マイペース過ぎる父は死んだあとでもくうみん達を翻弄します。こら~!!このくそじじい!!


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ひねくれくうみんの九塞溝旅行

 くうみんは国内でも、海外でも、旅行が好きです。最近は年を考えると、今行かないといけなくなるかも、と言う所に行くようにしています。
 ということで、中国の秘境、九塞溝に行くことにしました。九塞溝は中国の成都の近くにある山地で、山や湖が大変きれいな所だと言うことです。
 旅行会社のパンフを見ると、「心臓の悪い人はご遠慮ください」とあります。心臓は悪くないから大丈夫…主人と一緒に行くことにしました。
 成田から上海に行き、そこから成都まで飛行機を乗り継ぎます。そこで一泊して翌日報国寺や峨眉山見物、その翌日は楽山見物などををしました。4日目、いよいよ九塞溝に向かいます。朝早く6時半ごろ成都エアポートに到着、飛行機は定刻どおりに飛び立ちました。
 九塞溝空港では中国人と見られるばあちゃんが床に倒れていました。

「さ、皆さん、バスに乗ってください。」
添乗員の指示に従ってバスに乗り込みます。本来のコースだとそこから九塞溝へ行くことになっていましたが、それだと時間のロスがあるので、先に黄龍と言う観光地にいくと言います。そのうちバスはある峠に到着しました。
「皆さん、ここが高度4千メートルの峠です。記念写真を撮ってください」
 めんどくさいと思いましたが、何しろ高度4千メートルです。行かなきゃ損とバスを降りましたが、何かが体の上に覆いかぶさっているような重さを感じます。
「ぬおぉ~!これが高度4千メートルの大地か!おじさん、大丈夫かぁ~!」
「な、なんとか…」
 頼りない男、おじさん(主人)私に先立たれても、たくましく生きておくれ…
 4千メートル見物が終わり、黄龍に到着。日本で言えば尾瀬や上高地のような景色ですが、何しろ最高3千600メートルの高地です。缶に入った酸素を渡され、上へ上へと向かいます。
 少し歩いただけで息切れします。おじさんは盛んに酸素を吸っていました。途中に同じツアーに参加している柴田理恵似の女性が真っ青な顔で階段に座り込んでいます。
「ゼイゼイ、ご主人はどうされました?」
女性は
「ゼイゼイ、主人は先に行った~ゼイ、苦しくて動けない~ゼイゼイ」
と、目を見開き、眉間にしわを寄せています。
「ゼイゼイ、酸素を吸うと、ゼイゼイいいですよ」
そう言って、階段を登っていきました。とても人を介抱する余裕はありません。
 ぜいぜい言いながら見物を終え、集合時間の5時半にぎりぎり間に合いましたが、一人、大幅に遅れた人がいて、出発は7時頃になってしまいました。
「ったく、迷惑なんだから…」
 真っ暗な道をバスはひた走ります。道路には雪も積もっています。日本の旅行社主催の旅行でトルコやスペインでバスが横転して死亡事故があったのを思い出しました。慣れているとはいえ、運転手も生身の人間、
「とにかく事故るな!だめなら休んでよし!」
心の中で無事を祈りました。
 やっとホテルについて、ホッとしていると、頭ががんがん痛みます。高山病です。こういう場合は早寝に限ります。高山病は一晩眠れば治りました。

 その次の九塞溝は心配していた高山病もなく、きれいな景色を満喫しました。観光バスには必ずチベット族のガイドが付くことになっています。日本語のしゃべれないガイドのほうが多いのですが、付いたガイドも日本語が話せません。せめてチベット族らしい顔立ちをしていれば記念写真でも撮るでしょうが、見た目普通の中国人と変わりません。バスが出発し、ふと外を見るとガイドの女性が「待って~」と言うようにバスを追いかけていました。「ガイドさんを乗せていないよ!」
誰かが気付いてガイドを乗せました。

 そのあと成都でパンダを見たりして、楽しい旅行は終わりました。
 末期のがん患者が、エベレストに登ったら癌が治ったとか、よく聞きます。あそこは地球じゃないような気がしました。草木一つ生えていません。月ってこんな感じかしらと思います。そんなところに何日かいたら、癌も苦しくなってなくなるのかもしれません。
 試してみる方、いますか?喉もと過ぎれば熱さ忘れる、でくうみんももう一度行ってもいいなと思っているところです。

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フィットネスクラブネタで突き進む

 それはマルハゲになってあまり時間が経っていないころのことです。ハゲ頭をもろだしにするのはまだ抵抗があったので、いつもシャワーブースに入り、体を洗って、バンダナを巻いて湯船やサウナに入っていました。
 その日もいつものようにシャワーブースに入り、腰の手ぬぐいをはずし、バンダナを取りました。定位置にあるはずの備え付けの石鹸がありません。ふと足元を見ると、石鹸が転がっています。
 なんだこんな所に、と石鹸を拾い上げると、茶色いものがついています。
「ひ、ひぇ~!!」
 う〇こです。腰に手ぬぐいを巻くことも、頭にバンダナを巻くことも忘れ、がにまたでシャワーブースを飛び出しました。
 さらに、ここで黙っていたらくうみんのせいにされるという計算も働き、
「みなさん!あのシャワーブースにう〇こが!」
と、叫びました。足を肩幅の1.5倍くらいに広げ、片足をくの字に曲げ、指でシャワーブースを指し示します。みんな一斉にバンダナも手ぬぐいも巻いていない私に注目します。
「えっ、スタッフを呼ばなきゃ」
みんな大騒ぎになりました。しばらくしてスタッフが来て、汚物を片付け、消毒液をまいていきました。
 誰か我慢し切れなかったのね。それともオシモのゆるくなったお年寄りがいたのかしら?口々に言い合いましたが今後このようなことはなくなり、体調の悪い人がしたことだろうということになりました。
 本当ならかわいそうなことなので黙っていてあげるのが大人の対応だったのかもしれません。
 でも、人のう〇こを片付けるのは嫌です。それにこの場合、一番疑われるのはくうみんに、違いありません。
 すまない。いまだ道なかばなのじゃ。赦してくれ。
 おのれの未熟を恥じるとともに、これは正当防衛だった、仕方なかったのだと自分を納得させるくうみんでした。


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台湾人のオバサンからパパイヤと宗教の勧め

 くうみんの通っているフィットネスクラブには外国の人も結構います。その中に台湾人のおばさんがいました。男性にも女性にもいろいろ話しかける明るい人です。
 くうみんにもある日、声を掛けてきました。抗癌剤で頭がはげてきたのをみて、
「その頭はどした?」
と聞かれました。余談ですが、髪の毛だけでなく、眉毛にまつげあらゆる無駄毛がすべて抜け落ち、お肌はすべすべです。
「はあ、抗癌剤の副作用です」
「あんた、癌あるか?!」
「はい、癌あります」
「そいう場合はパパイヤの汁を飲むね。抗癌剤はいらないね」
「は、そうですか。やってみます」
 現代医学を以ってしてもなかなかコントロールできない病気にかかったものは藁にもすがる思いで、アガリスク、鮫軟骨と試すらしいですが、私はそういったものは何もしていません。
 しかし、今回に限り、やってみようかと思ったのは、相手が台湾の人だし(中国4千年の歴史)、少しは食べるもの気をつけなくちゃと言う思いからでした。
 パパイヤは近所のスーパーで買いました。まだ青いものをジューサーで絞り、一日コップ一杯飲むのです。
 何日か飲んでいるうちに
「毎日飲んでいると、結構いいお値段じゃん。それにパパイヤ食べる習慣のあるところに乳癌が少ないって聞いたことないし…」
など思いはじめ、面倒くさくなって一週間程度で飲むのをやめました。
 それから数ヶ月たって、その台湾のオバサンが私を見て、ニコニコしながら言います。
「パパイヤ効いているね。治ってよかったね」
「あの~、治ってませんけど」
「なぜだ。髪の毛も生えてきたし、元気になった」
「髪の毛は抗癌剤が終わりましたから。元気なのは関係ないです」
 本当は体のあちこちに不都合があるのですが、他人にはわからないし、そんなことをいちいち他人様には言いません。
 おばさんは少しヒステリックになって言います。
「あんた、抗癌剤、やめなかったのか!パパイヤだけにしなかったのか!」
「えっ、あの、パパイヤはすぐやめました。すみません」
 オバサンはむっとした顔を下に向けましたが、すぐに上を向いて言いました。
「あんた、肉食べるか?」
「はい、食べますけど」
「あんたが癌になったのは食べた牛や豚の祟りね。あなた、今、借金返してるとこ」
「そうですか」
「私、毎週日曜日になると、近所の魚市場で生きた魚を買って海に放して徳を積むね。どうだ、いしょにやらないか?」
 なぜ、魚を放す?食べた牛や豚の祟りなら、生きた牛や豚を買って野に放たなくては意味がないのではあるまいか?
「いえ、そういうのはちょっと…」
「そうか、無理には言わない」
 抗癌剤も怖いけれど、パパイヤで治すと言うのも充分怖いものがあります。徳を積むために牛や豚をそこらじゅうに放したら、それも怖いものがあります。
 西洋医学だけでなく、いろいろな治療があるとは思いますが、今回のお勧めは怪しすぎる…皆さん、気をつけましょう。

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その前の年末年始のできごと くうみんインフルエンザに罹患

 先に年末年始のことを書いているうちにその前の年末年始も大変だったことを思い出しました。
 くうみんは毎日のようにフィットネスクラブに行くのですが運動の前に体重と脈拍、血圧を測ります。
 くうみんは放射線の蒲田先生が好きなのです。先生もマラソンを走るって言っていた…
先生がマラソンを語るときの少年のようなまなざし、時折金歯がきらりと光るセクシーな口元…一緒に同大苑で、油と煙にまみれて焼肉が食べられたらどんなに幸せだろう。やはりあそこの焼肉はうまい!…な~んて思いつつ脈拍数を見たら何と83もあります。
 なんじゃこれは!そうだ、スナミのことでも考えて…と、計り直しましたがやはり82もあります。
 いつもは60前後なのに、おかしい、変だ。そう思いながらいつものメニューをこなし、お風呂で汗を流して帰りました。
 機嫌よくビールで乾杯、たらふく呑み、食べているうちに寒気がしてきたので、早めに寝ることにしました。

 翌朝も寒気は治まらず、熱を測ると8度5分もあります。年末のこととて開いている病院はなかなか見つからず、ふらふらになって歩いていると、駅前のクリニックがかすんだ視野に入りました。
「うおぉ~お医者さんだぁ~」
 よろめきながら階段を登り、受付をします。診察を受け、検査のため水っぱなを綿棒に取ると、少し待つように言われます。
 名前を呼ばれたので診察室に入ると、懐かしの妊娠検査キットのような物を机の上において、先生が言いました。
「これ、うっすら線が付いているの、わかりますよね」
 インフルエンザです。

 近くの薬局に行き、処方箋を渡すと、病歴やアレルギーの有無を書く紙を渡されました。病気をしたことはありますか?はいに〇をつけ、乳癌と書きます。現在薬を飲んでいますか?これもはいに〇、ノルバデックスと書きました。
 薬で副作用が出たことはありますか、の所にもはいに〇をつけ、抗癌剤、ホルモン剤と書き、薬剤師に渡すと、薬剤師はぎょっとした顔をしました。
 噂のタミフルを処方されました。今夜は狂騒と幻覚の夜になるのだろうかと思考の定まらぬ頭で考えます。
「合法的な幻覚剤が手に入ったわ!ハッシシ、マジックマッシュルームに手を染めたような気分!」
 少し楽しみになりました。
 結果は…何の変化もありませんでした。


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 年齢一億歳。
 
 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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