年末年始のできごと 蜂窩織炎と新しい仲間

 去年の暮れから今年にかけてはうちで過ごすことにしました。最近は元旦から営業しているスーパーもあるのでいつも通りでいいようなものですが、それではあまりにも味気ないので卵焼き、煮しめ、かまぼこ、焼き豚などをそれぞれ購入または手作りしました。
 31日からなんとなく体調が優れず、ビールもあまり進みませんでした。
 翌日、体全体に微熱があり、術側の腋の下がぷっくり膨らんでいます。ここは郭清したから普段はぺっこりくぼんでいるのです。肘の内側を見ると赤く腫れています。
 これが噂の蜂窩織炎か、とピンと来ました。くうみんは抗癌剤の影響かアカギレがひどく、爪もボロボロです。そこから細菌が入ったに違いありません。
 ネット検索すると、早く医師の診察を受けたほうがいい、さもないと大変なことになるとあります。大変なこととはどんなことかと別のサイトを見ると、見るも無残な潰瘍状態になっている皮膚を、はさみで切っている動画を見つけました。
「うわっ、痛そ~!!」
 でも、元旦だし、もうちょっと様子を見よう、とその日も酒をしこたま飲んで寝てしまいました。
 翌日、自作のおせちもどきをそれらしいお皿に不器用に盛って、朝からビールを飲みました。体がだるい。微熱は治まらず、たまらずダメモトで病院に電話してみました。そうしたら、おお、繋がるではありませんか!
「はい、〇〇病院です」
 ちゃんと当番医がいて、今日なるべく早く来るように言われましたが、まず酔いを醒ましてからでないとまずいので午後一で行くことにしました。
 病院にいくと、臨時の診察室を開けてくれて、知らない女医さんでしたが薬を出してくれました。病院が通常に開くようになったら、必ず診察を受けるようにと言われました。
 むくみは日常そんなに感じていないし、太さが違うようなこともないので安心しきっていましたが見かけだけではわからないものです。
 病院が通常に開くようになった5日、電話して診察の予約をしました。
 受付のお姉さんは
「なるべく主治医の診察にしますね」
と言ってくれました。
「いえ、こだわりません」
と言ったのに、やはりスナミの診察を受ける羽目になりました。
「蜂窩織炎ですね」
わかっとるわい、でも、あんな潰瘍になるんだろうか。それを聞いてみると、
「そんな、潰瘍になったようなのは私も見たことがありません」
とのこと。あの動画め、脅かしおって。
 診察が終わって、待合室に出たら、一人のまだ30代と思われる女性がくうみんも貰った「乳癌の治療を受ける方へ」と言う小冊子を渡されて看護師さんから
「頑張ってください」
と言われていました。くうみんが言われたように。
 落ち着いているように見えましたが、きっと頭の中は混乱を極めていることでしょう。大丈夫、明けない夜はない、ここにいるのはみんな仲間だよ、と心の中で思い、病院を後にしました。


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ひねくれくうみんの免許書換え、パスポートも…なんと言う運命のいたずらか

 ある日、一枚の葉書が来ました。免許をお持ちの皆さんなら、誕生日のひとつきくらい前に更新の案内の葉書が来るのはご存知でしょう。くうみんはペーパードライバーなので事故の起こしようがなく当然5年更新と言うことになります。
 5年おきの更新をハゲ生活真っ只中、するはめになりました。

「う~ん、どうしよう。ヅラは不自然だし、付け毛にバンダナがいいんだけどな。あっ、それにあと数ヶ月でパスポートが切れる。それまでに髪の毛生えてるかなあ」
 そう、パスポートは10年間有効です。それなのに、長い人生の中のたった一年のハゲ期間に免許とパスポートの書換えが重なったのです!
 なんと言うタイミング、何と言う運命のいたずらでしょう。

 とりあえず免許センターに電話して聞いてみました。
「あのぉ、抗癌剤で髪の毛がないんですけど、帽子被った写真でもいいですか?」
 はじめ女の人が出ました。
「お待ちください」
 ぴっぴろぴぽぴぴぴ、ぴぽーぴポー(草競馬のメロディー)
少し経って男性が出ました。
「帽子は黒のニット帽に限ります」
「はい、黒のニット帽ですね」
「そして帽子を脱いでもらい、髪の毛のないことを確認させていただきます」
 えっ、そんなと思いましたがここでごねてもどうしようもないのはわかっています。
「は、そうですか、ありがとうございました」

 くうみんは思わず天を仰ぎました。
 何が悲しくて見知らぬ親父にハゲを見せなきゃならんのだ。付け毛にバンダナは許されないのか。世の中間違っとる。
 どうしようかさんざん悩みましたが、結局ヅラで行くことにしました。この上に帽子でも被ればまだしも、そのままでは絶対にヅラとわかる代物ですが志村けんのかぶっているのとは違います。いくらヅラと気付いても、
「それ、ヅラだろう、取れ」
とは言えないはずだと踏んだのです。

 免許の書換えはうまく行きました。あまりにも不自然な髪の毛ですが誰もヅラだろうとは言えません。その代わり…免許の写真は、うまく行くだろうかと緊張気味の顔と不自然な髪の毛で写っています。これを5年間も使わなくてはなりません。

 そして次の難関、パスポートです。
「髪の毛生えて~、生えて~」
 祈るような気持ちでぎりぎりまで待ち、何とか自毛で行くことができました。
 しかし、経験者ならご存知の通り、前髪はなかなか生えてこないのです。その風貌はゴリラ、サルを思わせます。
 人間はお母さんのおなかの中で、単細胞から魚類、爬虫類と生命の進化と同じ道をたどって人として生まれると言いますが、髪の毛もマルハゲ(爬虫類)→ポヨポヨ生え(鳥類)→前髪不足(類人猿)そして前髪ふさふさの人間と進化するようです。
 
 そう、パスポートも無帽でなければなりませんから、これで行くしかないのです。鏡を見ると、ヅラよりこちらの方がベターに見えました。
 
 くうみんは運命のいたずらで、免許は5年、パスポートは10年、これで過ごす羽目になりました。皆さんの中にはパスポートや免許をあらためるお仕事をしている人もいると思います。不自然な髪の毛の免許か、サル頭のパスポートがあったら、
「くうみんさんですか?」
と、ぜひ声を掛けてください。
 

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ひねくれくうみんノルバ君からタスオミン君に鞍替え 漢方薬は?

 長く治療していくと言うことはお金がかかると言うことです。
 以前くうみんは某市の健康保険の係で非常勤として働いていました。そのとき、糖尿病だと言う男性が薬のことで相談に見えました。
 ど迫力で言わないと聞いてもらえないと思ったのか、あたりに鳴り響くような大声でくうみんに訴えます。すごく長いフレーズで言うのですが要約すると次のとおりです。

「糖尿病を患っているが薬代節約のため、ジェネリックを使いたい。しかし患者としては、お世話になっている先生にジェネリックにしてくれとは言いづらい。市がジェネリックを使うよう指導して欲しい」

 どうなんだぁ~!!と、くうみんに迫ります。このど迫力の人がお医者さんには何も言えないなんて信じられませんでした。くうみんは非常勤で何の権限もないので、何とか上司を呼びたいのですが男性の言葉は途切れません。
 こういう場合は掌を並べるようにして、しゃべっている人の顔の前にすっと出すとおしゃべりがとまると言うのはここで発見しました。
 そのようにすると、男性はしゃべるのを止めました。
「お待ちください。今、課長を呼びますので」
 くうみんが席を立つと、男性はしてやったり、と言う顔をしました。このど迫力が効いたんだ…と思っているみたいだけど、そうじゃないのよ。
 課長が来ました。
「先生にも考えがあって薬を出すんだから、市としては強制はできないんだよね」
 なにやらすったもんだしていましたが、席に帰った課長は腕組みしながら考え込んでいました。
 くうみんとしては市からのお知らせに「ジェネリックオッケーの病院、医院一覧」とか、出せば医者の方もそのうち嫌だとは言えなくなるんじゃないかと思いました。

 しばらくして、カウンターに新しく置いてあるリーフレットのようなものに気付きました。見ると、

「ジェネリック医薬品を希望します。 患者〇〇」
 上の部分を切り取って先生にお渡しください。 △△市

と、あります。課長、いっしょけんめ考えたのね。でも、そんなに気にすることかしら?
 
 くうみんもホルモン剤をノルバデックスからタスオミンに替えました。角南先生は別に不機嫌でもなんでもなくやってくれました。
 薬代は、半分までは行かないけど、3分の2くらいになったかな。長い間には大きな差になります。
 ちなみに漢方薬はジェネリックはないそうです。


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意外とキュートな病院の怪人 怪人のマスコミデビュー

 病院の怪人こと福島先生の次の診察日になりました。
「どう、調子は?」
「かなりいいです。8割がた良くなったんですが、もう少し何とかなりませんかねえ」
あくまで今までに比べればいいということで、以前のようにホットフラッシュなんてない世界に入れたらそれが一番です。
「完全には無理」
「そうですか」
 もう少し様子を見てもいいかな、と考えました。ふと、先生を見ると、いつもは座った姿勢が90度くらいなのに今日は95度くらいになっています。反り気味なのです。机の上に一冊の本がありました。
題名は「新しい漢方 これであなたもバッチグー」(秘密保持のため仮名)とあります。
「あの、この本は?」
 先生はやっと気付いたか、という顔になって言いました。
「本書いたんだ。もうすぐ本屋さんに並ぶから買って読むように」
 すこしぱらぱらと見せてもらいました。
「へ~、これ、ゴーストライターに書いてもらったんですか?」
「違うよ!自分で書いたんだ。はじめはゴーストライターが書くといって、もって来たの見たらへたくそでね」
「先生は、お医者さんなのにこんな才能もおありなんですね」
 福島先生は椅子をくるりと回して背中にこちらを向けました。良く、背中に哀愁が漂うと言いますが、今、先生の背中に満ち満ちているのは喜色です。もう一度椅子を回してこちらに顔を向けました。まじめな顔をしています。
「テレビにも出るんだ。必ず見るように」
「えっ、思いっきりドンですか?」
昼間よく見る情報番組の名前を言いました。
「なんだよそれ。あなたの健康(秘密保持のため仮名)って言う番組だよ」
「まあ、あの権威あるチャンネルの…知り合いにも言っておきます」
 その夜、くうみんはガントモに一斉メールを打ちました。病院の怪人がテレビに出るぞ~。みんな、見るんだぞ~。

 放送当日になりました。くうみんはテレビの前に座り、食い入るようにテレビを見ます。数人の先生方に混じって福島先生の姿がありました。他の先生方はなれているのかカメラ目線で落ち着いていますが、怪人福島先生はがちがちに上がっているのが良く見て取れます。目線も伏せ気味です。
 放送終了後、一人のガントモからメールが届きました。
「先生、照れ屋さんなのね」
 そう、こんなとき、女性は男性をかわいいと思うものです。好きだなあ、こういう人。


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ひねくれくうみん漢方薬を試す 病院の怪人現る

 角南先生にホットフラッシュの症状を訴えたら、漢方薬を処方してくれました。2種類ばかりの薬を試したのですが、これが全く効き目がありません。
 こら~!!スナミ!全然効かんじゃないかぁ!!と言う訳で…
「あのぉ、先生。あまり効果がないようなんですけど」
「ふーん、これだけやってもだめなら漢方専門の先生に頼むかねえ」
 そんな先生がいるなら最初っからそうしてくれよ。こっちは辛いんだから。
 早くしてくれ~、苦しいよぉ~。そう思い、指折り数えてきた漢方専門の先生の診察日でありました。
 漢方医だという福島先生はお医者さんと言うより森の怪しい研究所所長と言う感じです。
「くうみんさんね。ホットフラッシュがひどいんだって?ここに寝て、おなか出して」
くうみんはベッドに横になり、おなかを出しました。ポコポコ人の腹を叩いてしきりにうなずいています。
「う~ん、汗がひどいな」
 ほっといてください。
「はい、次は椅子に座って舌出して」
 衣服を整えて椅子に座って舌を出すと、
「わっ、ひどい舌だな!」
 舌を出しているので質問もできず、どこがどうひどいのかわかりませんがパソコンには「ぬめっとした舌」と書かれています。舌ってみんなぬめっとしているんじゃないの?さらっとした舌ってあるのかしら。
 そんなことで一回目の薬を処方されましたが、これは森の怪人、はずしました。2回目でおお、これは効き目がある、と思える薬になり、以降これを飲み続けることになりました。完璧ではないけれど、暑くなっても以前ほどひどい汗は出ないし、回数もかなり減りました。
 漢方薬と言うのは体質によって効き目が全然違うとは聞いていましたが、まさかこれほどとは思いませんでした。

 
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ひねくれくうみんホットフラッシュに悩む 「がたがたどき」によく起こる

 抗癌剤点滴をしている時期から、いきなりかっと暑くなって汗だくだくになるようになりました。抗癌剤が終了して、ホルモン剤になるともっとひどくなりました。はじめはなんだかわからなかったのですが、これがホットフラッシュと言うのだそうです。
 あるときくうみんはコンタクトレンズを作るために検眼をしていました。検眼用のメガネをかけて、
「右あいてますぅ、次は下で~すぅ」
なんて言っていたのですが、突然暑くなって汗がぶぁっと出て、検眼用のメガネが曇ってしまいました。
 こんなときのため、タオルを持ち歩いているので、バッグの置いてあるかごの方に急いでいって、汗を拭きました。
「い、いかがなされました?」
 何が起こったのかわからないねがねやさんのお姉さんはびっくりしています。
「すみません、今飲んでいる薬の副作用で時々こうなるんです。めがね、汚してしまってすみません」
「そうですか。いいんですよ」
といって、お姉さんは汗で曇ったメガネをペーパータオルで拭いていました。
 冷房を入れましょうかと言ってくれましたが、大汗出たあとは体が冷えるのです。だからこのままでいいです、と答えました。
 電車に乗っているときに突然暑くなって、電車の中でストリップしたり、冬のさむ~い夕方にTシャツ一枚で汗を拭いて、どぉしたんだこの女は?みたいな目で見られもしました。
 どうも明け方、夕方の「がたがたどき」によく出ます。他のガントモに聞きましたが、そういった副作用に悩まされている人もいて、仕事中なんかとても困ると言っています。
 こういうときはどうしたらいいとかネットで調べましたが、精神安定剤で一日10回が8回に減ったとか、あまり効果が期待できない情報ばかりです。
 やっぱ、スナミに相談するしかないか?困ったときのスナミ頼みです。こういうときだけ角南先生と呼ぼう。
 

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癌という病 くうみんはこうしてひねくれた

 癌になったことを仕事上の理由などでカミングアウトしない人も多いと思いますが、くうみんの場合はフィットネスクラブで髪の毛が抜けて迷惑をかけるからと、カミングアウトしました。
 どうもみんな、「頑張ってください」とか、「体調はどうですか」とか、口をそろえて言うのです。
 くうみんはこれが嫌でなりません。頑張ってくださいって、何に頑張るんだろう。あの苦しい治療?マラソン頑張れって言われるのはうれしいけど、治療で頑張るのはいやなことです。 
「体調はどうですか」
って、抗癌剤やった人間が体調いい訳ないのです。みんな悪気があって言っている訳じゃない。気遣っていっているのです。
 だからそのたびに、はいありがとうございます、もう大丈夫ですと言っていたのだけれど…どうも、これでいいのか、悪気がないからいいことなのかと、居心地の悪い思いをするのです。

 闘病、癌と戦う、これも好きな言葉じゃありません。癌は私の体の一部です。最近癌さんはこういっているような気がするのです。
「私があなたを苦しめた?痛い思いをさせた?」
って。そう、前にも書いたとおり、癌自体は痛くも苦しくもないのです。治療が苦しいのです。だからくうみんは癌さんに言います。
「癌よ、ういやつ。もそっと近うに。おとなしくしているのじゃぞ。私が死んだらそなたも死ぬのじゃ」

 くうみんの若い頃は子供はまだ、とか普通に言っていたけれど、今は言わなくなりました。プライベートのことだし、欲しくてもできない人もいるのだからと言うことにみんなが気付いたからです。
 と、言うことで!言っちまうことにしました!
「頑張ってください」
「やだ、頑張らないよ~ん!」
「体調はどうですか?」
「最悪さぁ~!!」
 こう答えると皆、えっ、と言う顔をします。あっかんべしながら立ち去るくうみん。
 ひねくれくうみん誕生さっ。


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癌は痛いか 苦しいか?ひねくれくうみんの選択

 癌になって何が一番苦しいかと言うと、他の人もそうだと思いますが、くうみんの場合抗癌剤の副作用と後遺症です。癌自体は痛くも苦しくもありません。少し圧痛はありましたが、意識しなければほとんどわからない程度です。
 よく、気付いたときは末期だった、と言いますが、逆に言えば癌なら死ぬまで平穏に暮らしていけると言うことです。
 再発は早く発見しても、遅くに見つかっても、生存率はあまり変わりません。こんなことなら再発を見つけるための検査も要らない、そう思って角南先生に言いました。
「3ヵ月後の検査、マンモとか超音波とか、しなきゃいけませんか?」
 再発の危険度大のくうみんは定期的にかなり大掛かりな検査をしていました。
「だめだよ、しなきゃ」
「でも、そんなことしたって心配になるだけでしょう。検査のたびにびくびくするの、嫌なんです」
 角南先生はなぜかにこっと笑って
「それじゃ、血液検査だけにしようかねえ」
「それに、再発しても、もう手術はするつもりはありません」
「再発したら薬の治療が中心になりますから」
 おお、なんと!あまりに物分りが良すぎて、怖いくらい。でも、薬も使いたくないなんて言ったらどうかしら。その時はそのとき。

 癌患者を大雨の中を歩く人と思ってください。お医者さんの言うとおりにレインスーツを着て、大きな傘を差し、防水の手袋をして長靴を履く。みんなこうしています。
 でも、くうみんはランシャツ、ランパン、ゴムぞうりで大雨の中を歩いていくつもりです。このほうが快適だから。
 
 まだそんなに寒くない時期、雨の降りそうな中をランニングに出かけました。30分くらい走った所で、雨がポツリポツリと降り始め、そのうち本降りになりました。みんな橋の下や、屋根のあるところに集まって雨宿りをしています。
 くうみんはなぜか楽しくなって、上を向いて顔に雨を受けました。
 傘は要らない!傘なんか要らないわ!

 なんだか人生、面白くなってきた。

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雷の訳…はは~ん。スナミ君、恥ずかしがらなくて、いいんだよ

 落ち着いてくると、緊急のことではない事々が気になってきます。そう、スナミの雷問題です。なぜ、あんな雷を落としたのか、私が何かそんなに気にさわることをしでかしたのか、不思議でなりません。
 しばらくは、雷が落ちるのではと、びくびくしていましたがもうそんなことはありません。なぜか穏やかで、きちんとこちらを見るようになったのも不思議です。
 ある日思い切って聞いてみました。
「先生、何であんなに怒ったの?」
 スナミはニヤニヤ笑いながら答えました。
「気持ちがぐらぐらしているようだったから…」
「???」
 それを説得するのがスナミ君、君の仕事ではないか?まさか他の患者にもああいった説得をしているんじゃないだろうね。
 いや、ガントモのCさんは
「皆にそういう態度をとっているんじゃないか?」
と言います。そうなのかなあ。
 思うに、人間、結構くだらない理由でありえない態度をとると言うのはよくあることです。
 こんなに優しくなったのは、わたしがあちこちで「角南先生は怖い」と、吹聴していたからじゃないかと思うのです。それをパソコンに打ち込まれて、上司に発見され、ボーナスにひびいたんじゃないか?
「患者に優しくしないと、ボーナスにひびく!」
 そういう決まりがある、くうみんはにらみました。
 そして雷のことも、なんとなくはは~ん…とある事情を思い付きました。
 スナミ君、君はトイレに行きたかったんだろう。しかも、う〇こを…ずいぶん長く質問してしまったからね。
 すまない。悪いことをした。言ってくれればいいものを。
「う〇こがしたいんじゃあ~!!」
と。恥ずかしくて言えなかったんだね。
 恥ずかしがらなくてイインダヨ。人間だもの。
 小太りのスナミ君、キミがトイレに駆け込む姿、目に浮かぶよ。

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次は放射線とホルモン剤 走りたい もう一度 そして新しい憧れの予感

 やっとの思いで抗癌剤が終わりました。ランニングは続けているものの、。細胞を活性化させるというゆっくり走りをして、調子を見ようと速度を上げてみると、息切れがしてどうも調子がよくありません。おかしい、どうしたんだろう。
 角南先生に聞くと、言いました。
「あなたの体は細胞レベルで違ってきています。無理のきかない体になっています」
 そんな、話が違う。抗癌剤は体に影響のない範囲でするって言ったじゃない。悲しくなって泣きながら走ったこともありました。
 そんな中、放射線の先生の診察を受ける日がやってきました。待合室で待っていると、名前を呼ばれました。
 放射線の先生、蒲田先生はパソコンの画面をじっと見てからこちらに向かって言いました。
「いいんですか?」
パソコンの画面には
「局所再発の可能性が極めて高い」「手術は希望しない」
と、書かれています。
「はい、いいです」
 自分で決めたことです。それから治療の期間や方法の説明をしてくれました。
「くうみんさんは何か運動をしているの?」
 女性にしてはがっちりした筋肉質の私にはよく聞かれる質問です。
「ランニングをしていますけど…」
以前のように走れなくなった今の状態を考えると悲しくなって涙目になってしまいました。
「抗癌剤の影響で心肺がだめになってしまって…」
先生はあわてて言いました。
「他の患者さんでもランニングをしている人がたくさんいますよ。また挑戦してみてもいいじゃないですか。タイムはどれくらいなの?」
フルとハーフのベストタイムをいい、市民マラソンでは入賞したこともある、と少し自慢しました。
「くうみんさんはすごいなあ。僕なんか足元にも及ばないよ」
くうみんは顔を上げて蒲田先生を見ました。優しそうな先生…
「それじゃ、今日はこれで」
「どうもありがとうございました」
 診察室を出ました。そして思いました。過ぎたことはもう仕方ない。過去を振り返るのはよそう。
 もう一度、走ってみよう。

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明るいくうみんいつもは晴れ 時々曇り 手術回避はとりあえずめでたい!でも、気がかりなのは…

 それからと言うもの、毎日が楽しくて仕方がありません。失くしてしまうと思っていたものが、なくさずに済む。
 はじめからあるものがずっとあるのが当たり前というものです。しかしそれがなくなってしまう喪失感は味わったものでないとわからないものでしょう。そして、それがあり続けていいということになったら、それも味わったことのあるものにしかわからない幸福感なのです。
「あっはっは!!」
「??どうしたのくうみん、何でそんなに明るいの?」
飲み会の席で言われました。
「ははっ、このヅラかぶってごらん!」
カポッとヅラをはずして髪の薄くなった今はおぢさんの学生時代の友達にかぶせます。当然くうみんの頭はハゲ丸出しです。
「この間までは、泣いてたよなあ」
「うん」
「がははっ!似合うよ!」
 君たちにはこの幸福感はわかるまい。世の中いろいろな幸せがあるものです。
 その頃もまだ抗癌剤の治療は続いています。気持ち悪くなるとか言うことはないけれど、手の痺れや爪がもろくなって黒くなる、動悸に悩まされます。はげなんてどうでもいいのです。マラソンを走るための心肺がくうみんにとって一番の気がかりでした。
 それを考えると少し心の中が曇ります。

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意外な所にいた味方 信じられまっせ~ん!!

 私は一言も口を利かないことにしよう。全部主事人に言ってもらおう。怖いから。そう思いながら椅子に座りました。スナミはなにやらパソコンの画面を見てマウスを操っています。相変わらずふにゃふにゃした口調で言いました。
「切るの、嫌?」
「…」
「放射線でやってみようかね」
 ぶっ!今、何と?!だってあんなに言ったじゃない!その次に続くのは「主治医替わりますから」じゃないだろうね?!主人が言った。
「そうしてくださるならそれが一番の希望です」
「じゃ、そうしましょう。今回はこれで」
「は~い、ありがとうございました!」 
 あまりにもあっけなく終わり、物足りないような気もしましたがスナミの気が変わらないうちにと、二人でがばっと椅子から立ち上がるとそそくさと診察室を出ました。
「おじさん。どっと疲れた」
「うん」

 その日、複数のガントモに当ててメールを送りました。
「大山鳴動してねずみ一匹。あっさり放射線になりました。脱力しました」 
 続々と返事のメールが届きました。同じ病院に通っている方が何かと心強いから、転院しないことになって良かった、希望通りで良かったじゃないかとみんな言ってくれました。
 スナミに熱い思いを寄せるAさんは
「いやなものを無理には勧めないわよ、熱い男なのよ彼は」
と言ってきました。
 けっ、何が熱い男だ。ああいうのを暑苦しい男と言うんだよ。

 何でこうなったかと言えば、やはり病院の他の先生に
「手術はしたくない。スナミは怖い」
と事あるごとに訴えていたのがあのパソコンに打ち込まれていたんだと思う。なにやらくだらない冗談でも記録していたふしもあるから。
 スナミの名誉のために言いますが、彼の再手術勧告は常識で言って正しいのです。ネットや図書館で調べると、私の場合、全摘の再手術が標準治療になるのです。どの先生に聞いても答えは同じでした。
 でも、自分の気持ちはどうなんだろう。
 命よりちちの方が大事なんてバカよね。みんなが言うから全摘した方がいいんだよね、と、くうみんは自分自身を納得させようとしていました。

 スナミが雷を落とさなかったらとっくに再手術していたでしょう。くうみんも半分は、仕方ないと思っていました。偶然に偶然が重なって再手術しないことになりました。これが吉と出るか、凶と出るかはわかりません。
 わずか数パーセントの生存率向上のために再手術なんてしたくない。これがくうみんの本心だったのです。 
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わ~い。くうみんにもバナーが貼れた。皆さんクリックよろしく。


かつて愛したスナミに別れを告げる。さよなら、スナミ君!!私は台湾に引っ越す…ことにする。

 もうすぐ術後半年になります。化学療法で身がボロボロになりました。心はオソロな主治医によってボロボロにされました。
 そのオソロ主治医による半年後診察があります。そのとき、転院の意向を伝えようと思いました。また怒鳴られたら怖いので主人に言ってもらうことにしました。理由はお約束の引越しです。通院2時間くらいでは来るように言われてしまいますから、ありえないような遠方に引越すことにするのです。
「沖縄の石垣島にでもするか」
「うん、それくらいがいいと思う」
 事情があって、今度沖縄の石垣島に引っ越すことになった。ついては3通ほど紹介状を戴きたい。
「3通って、3件の病院に行くってことになるなあ。石垣島に行くのに不自然かなあ」
「じゃ、いっそ外国にしようか」
「台湾がいいかな」
と言うことで台湾に引っ越すことにしました。ある程度口裏を合わせて不自然でないようにします。主人が会社を首になった。ついては台湾で民宿を始めることになった。と言うことで引越しします…後から考えると、非常に不自然な理由ですがこのときはこれでいいと思っていたのです。私達はことほどさように、お似合いのバカ夫婦です。
 まだ化学療法中ではげている頭に2万円ほどで買ったヅラをかぶり、その上にニットの帽子を被ります。安いヅラなのですぐにヅラだとばれますが帽子を被ると自然に見えます。
「しっかりしてよ、おじさん」
「うん、わかった」
 くうみんは主人をおじさんと呼ぶ。おじさんは普段は頼りないけれど、はたから見れば一応男なのでくうみんよりは馬鹿にされない。日本はまだ、男社会。
かつては憎からず思っていたスナミに別れを告げる…今はもう、愛せない…な~んちゃって、いざ鎌倉!
 病院の待合室で順番を待ちます。こういうときは好きな漫画も読む余裕はありません。呼び出しをひたすら待ちます。
「くうみんさん」
呼び出しです。
「おじさん、お願いね」
「うん」
 診察室のドアを開けました。スナミがいます。


「主治医降りる!」 VS 「主治医替えてもらう」抗癌剤に悩みつつこっちも問題

 抗癌剤の副作用は髪の毛ばかりが強調されますが、そればかりではありません。心肺にも影響があるし、白血球も信じられないほど少なくなります。体中に毒を流し込む訳ですから影響のないところなんてありません。
 敵を知り、己を知れば100戦危うからず、と言うことでインターネットや図書館を利用して治療のこと、病気のこと、その他いろいろなことを調べました。
 よく奏効率20%などといいますが、はじめこれはくうみんの生存率が20%高くなるんだと思っていました。しかしこれは間違いで100人この治療を受けたら効果のある人が20人いると言う意味でした。逆に言うと、他の80人は苦しい思いをするだけと言うことです。自分が効果のある20人にはいるか、それとも苦しむだけの80人になるか、どちらになるかはわかりません。でも、こういうことだとわかっていれば抗癌剤なんかしませんでした。事実、抗癌剤終了後も体調はなかなか改善しません。くうみんは普段から体を鍛えていたので、元気そうに見えるらしく、
「すっかり治ってよかったね」
と言われます。でも、そうではありません。大きな動作はできるのですが、手先の細かい動作ができなくなり、茶碗を落とすことが多くなり、針に糸を通すことも難しくなりました。できの悪いロボットになったような気分です。
 その昔、梅毒の治療に水銀を使ったと言いますがそれと同じくらい不確かで野蛮な治療だと思いました。
 さて、抗癌剤に苦しみながら今後の身の振り方を考えねばなりません。スナミは言う通りにしないと主治医降りる!と言っている。ガントモは主治医を替えてもらえば、と言っている。主治医を替えるような勇気あるまだ見ぬガントモがいる。
 しかし、この人が主治医を替えることができたのは手術する前だったからじゃないかと考えました。入院中にばったりとスナミに会ったら気まずいよなあ。
 だからやっぱり転院しよう。これもインターネットで評判の良い病院を探しました。
 S病院、J大病院、そして公立のK病院です。
「今度は優しくてイケメンの先生がいいなあ」
など思いながら、フィットネスクラブでトレーニングにいそしみます。ハゲ頭をバンダナで包んで時速7キロ程度で1時間走ります。ゆっくり走ることによって、細胞が活性化する、と聞いたからです。
 運動を終えて、お風呂に行くと、顔見知りの女性が声を掛けてきます。
「元気になって良かったね」
またか、そうじゃないんだけど、と思いながらも、
「ありがとう。でも再手術する予定なんです。これ、全部取らなきゃいけないんだって」
「えっ、あなた、そんなにきれいな胸してるのに、かわいそうに…」
そうです。くうみんは鍛えているのでかっこいいのです。若い頃はスタイルが良いなんていわれた事はありませんでしたが、オバサンになると、もともとの体型がいいより、鍛えた体の方に軍配が上がります。
 そうよね、私、きれいよね、などうぬぼれてみます。
「いえ、やはり美しいものは、はかないのです」
そう答えるとその人は一瞬黙って
「あっはっは!」
と笑いながら向こうに行ってしまいました。
 この期に及んで笑いを取る、おばかなくうみん。


うわ~い!抗癌剤だ!テレビで水戸黄門が見られるぞ!!…あんまりうれしくない。

 抗癌剤が確定してしまったので、当時通っていたフィットネスクラブに、カミングアウトすることにしました。
 髪の毛が抜けて掃除が大変になるからと、フロントの係りに泣きながら言いました。この頃はまだ、心がサカむけになっていて、病気のことを言うたびに泣いていたのです。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
そう言ってくれました。他の2,3の知り合いにも泣きながら声を掛けました。
「私、癌なの!」
「えっ、あなたのご主人が癌!」
「違う、癌はあたし、あたしよ!」
むこうからランニング仲間の男性が来ました。
「しばらくどこに行ってたの?」
そういうので、
「私、癌で手術したの!」
「えっ、腰の手術?」
「違う!癌よ、乳癌」
「ひざの手術?」
「…」
ことほどさように私は元気な、にょしょうでした。
 とうとう抗癌剤初日がやってきました。
 まず、抗癌剤を点滴する前に白血球や、好中球が一定量あるかを検査します。もしそれで一定レベルに達していなかったらその日はそのまま帰るのです。ストレスの多い毎日を送っているのできっと白血球が少なくなっているのではないかと期待していたのですが検査はパスしてしまいました。
 2時間も待たされてしたくもない抗癌剤を点滴します。リクライニングの椅子に、テレビが一台ずつ設置されていて見たい番組を自由に見ることができます。
 くうみんの場合午後の予約が多くて2、3時間待つと、4時くらいになります。この時間は夕方の情報番組が各局目白押しです。その中のお気に入りを見て、4時45分になると水戸黄門にチャンネルを変えます。すると、ちょうど助さん、格さんが
「このお方をどなたと心得ている!」
という例の場面になるのです。この時代劇はストーリーが全くわからなくても楽しめる不思議な番組ですね。
 さて、本題に戻ります。抗癌剤の副作用は一番初めが一番気持ち悪くなります。しかもその日ではなく、2,3日経ったときが一番苦しいです。どんな感じかというと、二日酔いですね。あれが2,3日続くと思えばよろしい。普通の二日酔いはせいぜい午後までなのに、2,3日続くのは結構大変です。
 でも、2回め、3回めとやっていくうちに体が慣れるのかせいぜい焼き芋を食べ過ぎて少し胸焼けがするという程度になります。
 髪の毛は2週間程度経ってから抜け始めました。ランニングマシンで走っていると頭がむずむずするので髪を引っ張ると、何本か束になって抜けていました。さあ、来たなと思いました。
 そのうちに地肌が見えるくらいになり、やがて完璧ハゲになりました。普段はバンダナや帽子で隠しますが風呂に入るときははずします。すると事情を知らない人はぎょっとなって後ずさりします。でも、皆、そのうち見慣れてあの人のは伝染病じゃないから大丈夫、みたいな雰囲気になりました。この頭で温泉にも行きましたがあからさまな視線は感じませんでした。みんないい人です。
 
 
 


思い出すだに恐ろしいスナミの雷! まぶたピクピク 私の味方や~い!!

 しばらくは外に出て、角南先生に似た人を見ると、胸がドキドキしました。好きだからドキドキではないのです。怖くてドキドキするのです。手術のことを考えると、まぶたがピクピクしました。チックです。
 私の味方探しの旅が始まりました。旅と言っても周囲の人たちに、どう思うか聞くだけです。
「ね。再手術勧告受けたんだけど、自分だったらどうする?」
ガントモにも聞きましたし、勤め先の人にも聞いてみました。すると、言うことはほぼ決まっています。
「1%でも生存率が高くなるなら私だったらやる」
子供のいる人は絶対にそう言うし、子供のいない人でも
「再建って手があるじゃない?」
といいます。再建ね、そうなんだけど、くうみんの場合5年も待たなきゃならないし、その間に死んじゃったら、どうしてくれるのよ!放射線を当てた後の再建だから皮膚をおなかから採って来なけりゃいけない。そこに傷が残る。
 そして何よりも作り物は作り物。感覚も無いし、変な感覚が残ることだってあるらしい。これはあくまで2番目の選択肢。
 父に聞いてみた。くうみんのお父さんは肺結核で肺が片方なかった。肺のところが大きくへこんでいた。生涯大浴場には行かなかった。そんな父ならわかってくれると思いきや…ただひとこと。
「切れ」
 あとは病院の抗癌剤の先生。味方になって~!!
 抗癌剤の説明を聞くために診察室に行きました。抗癌剤を使うなら、なるべくダメージの少ない薬を使って欲しいとリクエストしましたがだめでした。心配に最もダメージの出るアドリアマイシンを使うといいます。
「ダメージのない範囲で使いますから大丈夫です」
その先生は言いました。信じるしかありませんでした。パソコンの画面には
「抗癌剤終了後、乳房切除術予定」
と書かれています。まぶたをピクピクさせながら聞きました。
「先生、取り残しがあるといわれたんですけど、手術はしたくないんです。抗癌剤でどうにかなりませんか?」
「ある程度はどうにかなりますが、手術のほうが確実です」
抗癌剤の先生も、手術に軍牌を挙げました。
 最後に主人に聞きました。
「手術、しない方向で考えるのってどうかなあ」
「好きにしろ」
やっと中立の意見が一つありました。
 手術しない方向で考えていると、まぶたのピクピクは治まっていきました。でも、味方といえるほどの勢力ではありません。
 そんな時一人のガントモからメールが届きました。
「再手術の話を聞きました。くうみんさんが再手術が嫌なのは、乳房を失う喪失感だけでしょうか?そんな乱暴な口を聞く医者になんか手術されたくないでしょう?主治医を替えてもらったらどうでしょう。友達にそういう人がいます」
 そう、ガントモにはスナミに怒鳴られた!とメールにも書きました。主治医を替えるねえ。
 うん、そうかも。みんなが手術したほうがいいというなら、した方がいいのかもしれない。それで何年かかっても、再建するのがベターかも。
 多勢の意見の前で、やっぱり気持ちがぐらぐらする優柔不断なくうみんでした。


スナミの雷が落ちた!こんなはずでは…顔面蒼白こわいよ~!!

 セカンドもこのまま放射線をかけるだけではだめ、と言う意見でした。部分切除をダメモトでもう一度頼んでみよう。
「だめですよ~、部分切除で済まそうなんてそんなことしたって~」
「あ、そっか~。やっぱりだめかあ」
そういう展開になるのだと思っていました。
 診察室に呼ばれて、主人と一緒に入りました。そして早速、例の意見書を出しました。
「あの、もう一度部分切除を試みてはどうかと言う意見書を戴いたんですけど。」
 角南先生は、きっとこちらを睨みつけます。
「そんな医者の言うことなんて、しらねえや!」
えっ、何言うの?この人?
「そんなことで対応できるなら苦労はしないんだよ!」
今まで聞いたこともないような乱暴な口の聞き方です。一瞬ひるみましたが、聞かなくてはいけないことはたくさんあります。それなら全摘したら、何がどう変わるのか聞きました。

 Q 全摘したら局所再発はしないのですか?
 A このまま放射線をかけると再発率30%、全摘の上放射線をかければ10%程度になる。
 Q 10年生存率はどれくらい変わりますか?
 A  今は、80%で再手術すれば6%程度向上する。
 Q 再建はすぐにできますか?
 A 術後5年はできない

 どれも私にとって、大した違いには思えませんでした。30%が10%にへってどうなるの?再手術する人は皆、完全に再発しないと思って手術するようだけど、違うじゃないの。10年生存率が6%程度向上?これがすごいことなの?
「再建が5年も待たないとできないなんて…」
 そんな不確かなことのために体をそぎ落とさなくてはならないの?これがすごいことなの?目を見開いて下を向いていたら、角南先生が大声を上げました。
「放射線だけなんて俺は認めない!そんなことなら俺は主治医降りる!」
 角南先生のほうを見ると、彼ははじめて私をまっすぐに見ていました。
 今まで見たいに横を向いて静かにしゃべるのと、怖くてもまっすぐに見てくれるのと、どちらがいいかな、など心の片隅で思いました。返事ができないでいると、
「それじゃ、抗癌剤、先にするか?」
「そうさせてください。今はとても決められない…」
 ついこの間までは、ホルモン剤だけでどうにかならないかとまで考えていたのに、抗癌剤を先にして欲しいなんて。
 その昔、アレックスヘイリーの「ルーツ」で、主人公のクンタキンテが脱走したのを見つかって、
「子種を断つか!」
「嫌だ!」
「それじゃ、決まった」
と言われて足指を切られる場面を思い出しました。
 角南先生は私を治してくれる味方なのは頭ではわかっています。だけど、手術が嫌なのと、怒鳴られて怖いのとがごちゃごちゃになって、角南先生が怖くなってしまいました。
 診察室から待合室に出ると、
「患者様へ」
 と言う張り紙が目にとまりました。患者様なんて、そんなこと思っていないくせに。患者と医者が同等なんて嘘。
 手術するつもりはあったのに。背中を一押ししてくれると思っていたのに。でも、今日いろいろ質問したその答えは、どれも私にとって「?」なことでした。10年生存率が6%向上って、100人手術したら、6人は助かるけど、後の94人はダメージを受けるだけだってことですよ。今流行のQOLは?
 私のこの考えの、味方を探そう。誰かがそうだねって、言ってくれるに違いない。
 


ひねくれくうみん温泉での出来事

温泉、楽しんできました。最近は外国の人も大浴場に来ますね。くうみんの行った温泉旅館でも外国の人がいました。見た目は日本人そっくりですが英語をしゃべっています。シンガポールあたりの人でしょうか?その人が言います。
「誰か英語の話せる人はいませんか?」(美しい英語)
 し~ん 誰もいません。
「誰もいないわ」(同)
くうみんは及ばずながら声を上げました。
「少しなら」(バリバリのジャパニーズイングリッシュ)
「露天風呂に行きたいんですけど」(美しい英語)
「あなた方は服を着なければならない。ここから離れた所に露天風呂がある。ここの露天風呂はもう閉まっている。ついて来なさい」(バリバリの…)
 と言う訳で露天風呂まで案内しました。
「どうもありがとうございます」
「どういたしまして」
 やればできるってもんです。


ううん、苦しい!全摘止む無しか!

 総合病院ですが、乳癌でも有名な病院の放射線の先生にセカンドオピニオンをお願いしました。1時間2万円もします。人によっては、セカンド、サードとお願いすることもありますから費用が大変です。交通費だってバカになりません。
 先生はひとしきり、一般的な放射線治療の話をしてくれて、結論としてはやはり、このまま放射線というわけにはいかないであろう、との意見でした。しかし、あなたがどうしてもと言うなら、まず部分切除を試みて、それでも断端陽性であるなら、全摘とすれば良いのではないか。と言ってくれて、意見書にもそう書いてくれました。
 主人とともに電車に乗り、先生の意見を心の中で繰り返し考えました。
 部分切除をして、だめだったらまた再々手術?そのあと再建手術もしたいから、最悪全部で4回も手術しなければならなくなる。その可能性は大きい。
 「厳しいね」
 「うん」
 それならはじめから全摘してなるべく早く、できれば同時に再建手術をしたほうがいいと思いました。そう主人に言うと、主人が病院のパンフを見ながら言いました。
「同時再建はおとなしい癌だけに適用だそうだ。お前のは猛々しいやつだから無理なんじゃないか?」
 「だめかなあ。同時再建の話と、あと今日の先生に言われたことを、言ってみる。それでだめだと言われたら、もう仕方ないね」
 「何で、おっぱいなんかにこだわるんだよ。たすかりゃいいじゃないか」
 「おじさんはチンコがなくても大丈夫なの?」
 「俺はおしっこができればそれでいい」
 そういう人もいるでしょう。オバサンのちちなんて、もう何の役にもたたないし、誰も見てくれません。だけど、機能さえ残れば大した顔じゃないからと言って顔は不要ではありません。役に立たないからと言ってどうでもいいものではないのです。
 人のためにあるのではない、私の体は、私のためにあるのです。
 もう一度、もう一度角南先生にお願いしてみよう。
 
 今日は少し短いですが今から温泉に一泊してきます。それでは皆さん、また見てね!


まさかの再手術宣告!それも全摘!

 角南先生の前に座って説明を待ちました。先生はいつもより硬い表情をして、私にホチキスで止めた2枚の紙をくれました。みんなが持っていたあの病理結果です。皆と同じように一枚には英語で説明が書いてあり、もう一枚には摘出した組織の絵が描いてありました。皆と違うのは絵に描いてある印です。他の人達は皆、丸印ばかりだったのに、私のはすべてバツ印です。
「取り残しがあります。強陽性です」
先生は説明を始めました。断端が強陽性なので再手術が必要であること。しかもリンパ管や血管に癌が入り込んでいるので、もし再発したら手のつけようがない。
 放射線だけでは対応できないので、全摘の手術をする。乳腺だけの摘出はできない。皮膚も乳頭も残せない。
 最近は全摘と言っても乳腺だけを全部とって皮膚、乳頭は残す手術ができます。皮膚と乳頭が残っていればそこにバッグを入れて、乳房を復元できます。それもできないというのです。
 こんなこともできる、あんなこともできると雑誌などに特集されていますが、それはごく限られたケースに適用になるだけです。この後も先端技術をいくらお金がかかってもいいと、問い合わせたことがありますが、適用できるケースが大変に限られているのです。
 あまりな説明を主人と並んで聞きました。予想していたよりはるかにひどい結果でした。1週間後に治療方針を決めるのでそれまでにどうするか決めて置くように言われました。
 決めて置くようになんていっても、今の説明では選択の余地はないじゃありませんか!角南先生、言いづらかったから最後に回したんだ…
 ぼんやりと電車の窓を見ていると、真っ暗になった窓にわたしのうつろな顔が映ります。 でも、嫌だと思うと悪あがきをするのです。
「ねえ、セカンドオピニオン、受けてみたい」
「うん、俺もそう思った」
 同じ病院の先生だと、遠慮もあるから同じような意見しか言わないかもしれない。他の病院でも、外科の先生だと同じような意見だと思う。
 つてを頼って、とある総合病院の門戸を叩くことにしました。
 その病院の外科のライバル、放射線科の先生にお願いすることにしました。ここで何とか他の方法をアドバイスして欲しいと思いました。
 ガントモにも、
「最低の結果になりました。全摘の再手術です」
と、メールを打ちました。
 すると、信じられない返事が返ってきました。
「そんなことで、だらしないわね。しっかりしていそうで弱いのね」
「早く手術したほうがいい」
 もちろん優しい言葉をかけてくれた人もいました。同じく全摘の再手術をしたkさんです。
「大丈夫、何も変わることなんてないから」
人は悲しいことを経験して優しくなれるのでしょうか。その後も気が合うなあと思うと、病期の進んだ人ばかりでした。
 他の人はそんなに、簡単に体を切り刻むことができるのでしょうか。
 私は嫌です。セカンドオピニオンを受けてみて、同じような結果なら考えてもみます。


病理結果を聞きにいくまで

 病院から渡された治療の流れを書いたパンフによると、もう化学療法は確定なのですが、なるべく体に負担の掛からない治療にしたいと思い、聞く事をノートにまとめて行きました。
 ○ホルモン依存の乳癌なら、ホルモン剤だけの治療にできないか?
 ○化学療法をするのなら、同じような働きで、なるべく心肺他に影響のないものにしたい。そちらで使うと言う、アドリアマイシンと言う薬は大変心肺に影響があると聞くのでアクラルビシンに変更したい。

 化学療法は心肺に影響があり、不可逆性と聞いたのです。悪くなったらもう元に戻らないのです。マラソンが趣味の私にとってそれは何としても避けたい所です。
 化学療法に副作用でよく、髪の毛が抜けることが挙げられますが、それは目に見えるから言われることで、体の内部ではもっとひどい副作用が起こるのです。

 術後2ヶ月近くたって病理結果を聞きに行くことになりました。同じ日に手術したスナミシスターズと連絡を取ると、3時から順番になっているのがわかりました。そこでランチを一緒にとって、それから説明を聞きに行くことにしました。家族も一緒に来るように、と言われていますので家族とは病院で待ち合わせることにしました。
 久しぶりに会って話も弾みます。3時からはAさん、次はBさん、その次が私で、最後はCさんという順番です。なんだか問題の少ない順になっているようです。Aさんはゼロ期だし、Bさんはリンパ転移なし、私はリンパ転移ありで、最後のCさんは、乳癌だけでなく転移ではないのですが、他の臓器にも癌が見つかっています。
 3時になるとはじめにAさんが、ご主人とともに不安そうな面持ちで診察室に消えていきました。その次はBさんです。
 Bさんが診察室に行っている間、Aさんは病理結果の説明の紙を見せてくれました。なにやら手術で切り取った部分の絵が描いてあって、ところどころに丸印が描いてあります。
「放射線しなきゃいけないんだって!」
すごい剣幕ですが、放射線で済めばいいじゃないの、と思いました。次にBさんが診察室から出てきました。やはり紙に描いた絵には丸印が続いています。
「この丸、どういう意味かしら?」
「さあ、聞かなかったの?」
「なんだか聞く余裕なくて」
「そうかも」
次はくうみんの番だと思って待っていると、先にCさんが呼ばれました。
「えっ」
「Cさんが先?」
変だと思いながらCさんを見送りました。cさんが診察室から出てきましたが病理結果の書かれている紙はみんなと同じ丸印が並んでいます。英語で書かれているのであまりよく意味が判りません。
「くうみんさんが診察終わるまで付き合うよ」
みんな待ってくれましたが、30分たっても呼ばれません。付き添いの家族もいるし、あまり待たせてもいられないので先に帰ってもらいました。
「結果がわかったら教えてね」
「うん、わかった。待たせちゃってごめんね」
 主人と一緒に待合室で待ちます。退屈なので病院に備え付けの本を物色すると、大好きなしりあがり寿の漫画を見つけました。
「しりあがり寿だ!これ、おもしろいんだよ」
 席に戻って、主人に言うと、ばかだなあ、と言うような顔をしました。
 漫画を読んでばか笑いをしていると、やっと呼び出しがありました。もう5時過ぎです。
 いよいよ病理結果を聞きに行きます。化学療法は覚悟しているから大丈夫。これ以上悪いことなんかないもの。
 自信満々で診察室に向かいました。

 


再び過去のこと ランニングでちちが揺れる!

 マラソンのことが出たので、過去のこともマラソンにします。入院していたのは10日間ほどで、退院すると家の仕事は通常通りにするようになりました。当時パートで働いていたのですがそれは退院後も10日間ほどお休みをいただきました。
 退院後10日と言えばそれくらいでランニングに復帰したのです。時速7キロほどで1時間くらいでしたが結構な運動量に思えました。
 しかし、困ったことがあります。バストのゆれです。今までは擦れそうなところにワセリンを塗り、スポーツブラをしていましたがそれでは傷にさわります。これで、傷口がぱっくり開いてしまったらどうしよう…
 乳癌でランニングをしている人なんて周りにいませんから、どうしたものかと考えました。腹巻はどうだ!腹巻と言っても寅さんがしているようなもこもこではなく、タイツくらいの薄さと弾力のある腹巻です。これを胸に巻き、その上からスポーツブラをします。おお!バッチリだ!この方法はその後、傷口が気にならなくなっても続けるようになりました。ランニングをする女性なら誰でも判ると思いますがちちの下あたりが擦れるのです。だからワセリンを塗って擦れないようにするのですが、落とすのが大変で、ウェアも長い間には汚れがしみこみます。
 でも腹巻なら擦れなくて、汚れも付きません。同好の士がいらっしゃいましたら、どうぞお試しください。


過去を語るのを少しお休み 今日はハーフマラソンを走りました

 術後2年目、抗癌剤もやった、放射線もやった。特に抗癌剤では体ボロボロになった気がする。でも、やっちまったものは仕方ない。毎日暇を見つけて走っていたのよ。
 去年は2時間以上かかって、気絶しそうだったけど、今回は1時間47分ちょっと。それでも不本意な記録。でも、これが私の今のレベル。
 以前はね、ゴール手前になると役員さんが
「男子、左のコース!男子、左のコース!」
と、叫ぶのが聞こえた。そして、私に対し、
「女子は右のコース!」
と呼びかける。そう、私のために男は皆、道をあけるのです。そのとき一瞬、私は女王様になる。一瞬の快楽のため、日々精進するのです。(これは男の方がわかる感覚?どっ、へっ、へっ)
「私はあなた方とは違うのよ!おっ、ほっ、ほっ」
 でも、今日はそうは行かなかった。完走証をもらってすごすごと帰る。
 まだ抗癌剤の影響残ってるよなあ。手もしびてれるし、髪の毛も薄いし。今度は結果が出せるように頑張ろう。
 自分に言訳しながら家路を急ぐ。さあ、次行ってみよう。


意外と楽しい入院生活

 トホホな感じで入院生活に入ったが、結構楽しい入院生活だった。部屋の片隅で泣いていると、誰かが声を掛けてくれて、
「そんな所にいないで、こっちにおいでよ」
と言ってくれるような感じですな。女性特有の明るさとたくましさで検査や注射に行くときも連れ立っておしゃべりしながら廊下を歩いていく。普段はしない井戸端会議もここでは時間を気にすることなくできる。
 食事もみんなで話しながら食べる。病院の食事はおいしいけれど、おかずが少なくてご飯が多い。塩さばは一人4分の1切れしかないし、ご飯は200グラムくらいありそう。食費の都合でこうなるらしい。でも、運動していないのにご飯をこんなに食べたら、太っちゃうから適当に残す。
 ドレーンをつけた患者は体液を溜めるバッグをつけるのだけれど、それをぶら下げておくためのポシェットを、病院で貸してくれる。一足先に手術した人の中にこのポシェットを下げているのを見て、なんだろうと思っていたけど、これだったのね。シャワーを浴びるとき、ちょっと邪魔になる。ちなみにシャワーや洗髪は術後2日たてばオッケー。
 気に入らない主治医スナミは意外と面倒見が良くて、回診の回数も多い。はじめは悪く言っていたスナミシスターズこと主治医を同じくするガントモも、「いい先生」と慕う者が増えていく。これ、はじめはカウンターパンチ食らわせて後からフォローって手なのかも。
 ガントモの一人はスナミに熱い視線を送る人も出てきた。私も、はじめの悪印象はどこへやら、なんだか好きになってしまったわ!これからはスナミなんていわない!ちゃんと角南先生と呼ぼう。
 しかし、以前は
 「何で癌専門病院になんかかかるんだろう。癌だってすぐ判っちゃうじゃん。行くなら総合病院よね」
とか思っていたけれど、自分がこんな所でお世話になるとはね。
 


パジャマと履物は?入院その後

 パジャマはレンタルが便利。履物はスリッパじゃないものがいい。履きやすいサンダルがいいかな。人によってストローや、水を飲むためのアルミの急須が便利と言うけれど、私の場合は不要だった。
 体にいろいろな管が付いているけれど、それが一つ一つ取れていく。最後に尿道の管が取れたときはうれしかった。
 最後…ちょっと、あと一本あるじゃないの?えっ、腋の下のドレーン!これがあるということは全摘か、リンパ節転移ありか、またはその両方と言うことだ。どうなったんだろう。
 翌日の食事は朝から普通食が食べられる。その日から歩行が許される。心配なのは私の体はどうなっているかってこと。
 ガーゼの交換のときにちちがあるのが見えた。
 良かった。と思ったのは、変ですか?と言うことはリンパ節転移があったってことなのに。


あら、もう手術?入院に必要な物、あると便利な物 初日のスケジュール

 手術を待たされてその間に癌が大きくなったらどうするのよ!ってよく聞くけど、私の場合告知から2週間するかしないかで入院が決定してしまいました。もっとかんがえたかったのに。
 住民票を持ってくるよう指示され、
 バスタオル2枚、普通のタオル2枚、術後に着るゆったりした下着(要するにデカパンです)、T字帯(病院で使い捨てのもの購入)胸帯(前開きのブラでも可。ただし胸帯なら医療費控除の対象となる。病院で購入)

 以上は風呂敷にでもくるんで手術室に持っていく。しかし、バスタオルは結局使いませんでした。何か緊急の場合に使うのかしら?
 あとは着替えと箸が必要。スプーン、フォークは病院によって必要になります。看護師さんに事前に聞いておきましょう。
 その他、ウェットティッシュ、綿棒、爪切り、のど飴、洗濯物を入れる袋、手鏡、マスク、ミニバッグ、レジ袋、化粧品、洗面具、石鹸類。
 入院当日はいつも旅行に行くときのキャリーバッグにこれらを詰めていきました。
 10時半ごろ入院受付に。テレビカードを買って冷蔵庫とテレビを使えるようにしました。お昼ごはんが出て、シャワーを使わせてもらう。
 当時はまだ保険外だったセンチネルリンパ節検査のための注射と撮影、麻酔の先生による麻酔の説明がありました。
 私は大酒のみなので麻酔が効かなかったらどうしようと思いましたが、それはない、とのこと。むしろ煙草で気管が荒れていると、痰が詰まって危険だそうです。
 煙草は吸わないのでひとまず安心。
 次は主治医の手術の説明。主人もいっしょに説明を聞く。一応温存で行くが、場合によっては思いがけなく癌が広がっていることもある。その時は全摘になる。リンパにも今の所転移は見られない。
 この私がそんなに悪い訳がない。大丈夫だあ。
 明日は朝一の手術。9時より絶飲食。下剤でおなかを空にして、就寝。
 翌朝、トイレに行くくらいで8時50分くらいにすぐに手術室へ。同じ時間に、昨日一緒にセンチネルリンパ節の注射をした人がいた。まだ30なのに、2回目の手術なんだって。目が泳いでる。この不安感、なれるってことはないらしい。手術用の帽子をかぶせられて、自分の手術室に向かう。たくさん部屋がある。
 思ったより細い手術台に縛り付けられて、腕に管が付けられる。夕べの麻酔の先生がいた。主治医の角南先生は見当たらない。見えないところにいるのか。
 「麻酔が入ります」
 先生が言うと、数秒で意識がなくなった。
 気が付いたら、ベッドの上だった。
「気付きましたか?」
 女性の声が聞こえた。すぐにガラガラと廊下を移動して、病室に運ばれたらしい。腋の下が痛いので看護師さんに言うと、点滴に痛み止めを入れてくれた。眠くなって、気付いたら夕方の7時だった。
「もうこれで気付かなかったら帰ろうと思った所だ」
主人が言う。
「うん、帰っていいよ」
睡魔が襲う。うつらうつらと眠って手術当日は終わり。
 


主治医スナミ

 「あなたの主治医は角南先生です」
 いつのまにか主治医が割り当てられました。今日は初めての主治医の診察です。今日も主人が付き添ってくれました。順番が来て診察室にいくと、白髪頭の角南先生がいました。普通白髪頭と言うのは生え際から進むものと思っていましたが、角南先生は頭のてっぺんから白髪です。まるで夏の富士山のようです。この先生の言うことがキツイの何の…
「生きていればこそ、いい事もあるんですよ。全摘で、どうです?全摘で再建すれば、見た目はそれが一番いいですよ。再発もしないしね」
何でこんなことを言うのでしょう。なるべくなら体を切り刻みたくないのは人情です。
 それに、見た目がいいとか、再発もないというのは後から判りましたが嘘です。見た目は再建物はよほどうまくできれば別ですが本物には叶いません。全摘しても、局所再発はありえます。これは後からわかったことで、このときはそういうものかと思いました。
 でも、なるべく自前で済ませたくてこちらの希望を伝えました。
「温存でお願いします。全摘はなるべくしたくありません」
 こちらをまるで見ない、冷たい横顔でした。触診のため、主人は外に出ました。胸を出しながら、涙目になりました。すると、角南先生はさっきより少し優しい顔になっていいました。
「なるべく温存にしますからね」
 それから訳のわからない検査を連日のように受けました。肺活量の検査なんて、乳癌とどう関係がるんだろう?そう思って、担当の女医さんに尋ねると、
「手術に耐える体力があるか、調べているんですよ」
 いつの間にかベルトコンベアに乗せられていました。私は手術するともしないとも言っていないのに、手術を前提にことが運ばれていました。
 すみません。もう眠いのでここら辺にします。おやすみなさい。


やっぱり癌だった 登場人物は以後すべて仮名です

 次の診察には主人と一緒に行きました。
「今日は無罪放免の日だから、すし屋に行こう」
主人は言いました。
「そ、そうだね」
 そう、きっと先生は
「いや~、心配かけましたが良性でした」
そう言ってくれるに違いない。
 待合室で待っていると呼び出しがかかりました。診察室に主人と入りました。椅子を勧められて腰掛けると、先生はおもむろに言いました。
「悪性です」
 なんとなく覚悟していたのでああ、やっぱり…と思いました。引きつるような笑いを浮かべた先生は大丈夫かな、と言うように私の顔を覗き込みます。
「これから、あなたの主治医は角南先生になります」
 今までいろいろな先生に持ち回りで診察してもらっていたのですが癌確定と言うことで主治医が決められたようです。
 待合室で待つように言われたので待っていると看護師さんが来て次の診察日に何をするか説明してくれました。そして、
「頑張ってください」
と言うのです。私は頑張らなくてはいけない病気になったのか…
 主人といっしょに電車に乗り込み、話をします。
「やっぱり癌だったね」
「すし、どうする?」
「食べに行くわよ!」
 そう、嫌なことがあったとしても、食欲のなくなるような女ではないのです。今日はさすがにフィットネスクラブはお風呂だけにしました。家のお風呂はほとんど入りません。フィットネスクラブが休みの日はスーパー銭湯に行きます。いつも広いお風呂に入っていると、家の狭い風呂は入る気がしないのです。
 お風呂で汗を流して憧れのすし屋に行きます。今まで行きたいと思ってもどうも敷居が高くていけませんでした。すし屋デビューがこんな日とは…
 でも、すし屋の寿司はおいしいのです。
 冷えたビールを注文して、乾杯したあとすしを食べました。
「おいしいねえ」
そう言い合いながらいただきました。いくら叩きのめされたとしても、おいしいものはおいしい。
 自転車で家にたどり着き、着替えて飲み直しの仕度をしました。
「乾杯」
 主人と二人でビールを飲みました。飲んでいるうち、だんだん泣けてきました。ボロボロ涙が流れました。
「なぜ、私が!」
 みんなそう言う陳腐なせりふです。人目がなくなって緊張が解けたのかもしれません。これから私はどうなってしまうのか。
 癌宣告は死の宣告の次に重いのです。
「どうして私だけが!」
 このせりふをまた言うことがあるなどとはこのときは思ってもいませんでした。

 


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 年齢一億歳。
 
 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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