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日本の医療と健康保険は優れもの 

 くうみんは以前、市役所の国民健康保険の係でパートをしていた。そこで日本の医療制度や、健康保険というのは、かなり優れものだと感じた。しかし、みんなそれに気付かない。

 健康保険の窓口で受付をしていると、病院の領収証を持って来て、こんな相談をする人がいた。
「個室しか空いていないというので、やむなく個室にした。希望して個室にした訳ではないから、どうにかならないか?」
 くうみんは正職員に取り次いだ。しかし、もうどうにもならないと。
「払ってしまったらどうにもなりません。個室しかないと言われたときに言わないと」

 個室しかないと言われたら、こう言いましょう。
「そんなに払えません」
 すると、個室を差額なしのベッドとして使わせてくれる。おじさんのお母さんが入院した時も、こう言って個室にしてもらった。本人はもう認知が進んで何もわからないし、こっちだって長くなるかもしれない入院で、1万5千円ほどの個室代なんて払えないもの。

 伝染病の疑いがある場合は、個室でも差額なしのベッドとして扱ってくれる。しかし、医療現場と事務方の連絡がうまく行かなくて、個室代金を請求されることはよくある。明細をよく確かめてから支払いましょう。この場合は、支払った後であっても、クレームを入れれば返金してくれる。

 くうみんの父は、死の直前の入院で、結核の疑いがあったため、個室になった。しかし、請求書を見ると、個室代金を請求されていた。もちろん、「感染の可能性があるから個室になったんですよ」と、抗議して、正しい金額に直してもらった。

 入院するときは、必ず「限度額適用認定証」を、自分の入っている健康保険組合で、発行してもらいましょう。今は通院でも高額な医療費を支払う可能性がある場合は、発行してくれるらしい。
 
 医療費が高額になったときは、高額療養費制度というのがあります。所得によって違うけど、一般の人の自己負担限度額は、80,100円+(総医療費-267,000円)×1%となります(総医療費というのは、自己負担額3割ではなく医療費の総額だからね!)。

 例えば、自己負担3割で、支払った医療費が30万円とすると、医療費の総額は90万円。
 8万100円+(90万円-26万7千円)×1%=8万6千430円が、自己負担限度額。支払った金額30万円-8万6千430円=21万3千570円は、後から戻ってくる。4カ月目からは、4万4千400円が自己負担限度額になります。
 さらにビンボーな人なら、もっと負担額は少なくなります。
 ただし、月単位になるので、月をまたいだ入院や、治療では不利になることもありますので、注意。

 医療保険のコマーシャルに、「癌になるとこれだけ掛かります!!」といって、膨大な金額(何百万円とか)が記されているけど、下に小さく(※総額)と書いてあります。これは健康保険を使わない金額だと思ってよろしい。

 負担に限度があるといっても、負担は負担。医療保険も必要だけど、コスパを考えてはいることが大事です。でも、外国ではこんな制度はめったにありません。 

 日本はいいい国だ。

 
 




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テーマ : 乳がん
ジャンル : 心と身体

入院中の食事 ちょうど今頃の時期、おかずのヒントに

 9月17日0時30分ごろ入院受付
 差額なしのベッド 4人部屋 冷蔵庫・テレビ有料 カード(千円)を買う。これでテレビを見たり、冷蔵庫を使ったりできる。

 昼 キーマカレー(ナス、ニンジン、オクラ)、バナナ、サラダ
 夕 エビ玉あんかけ

 夜9時より絶飲食。明日の朝いちばんの手術。

 9月18日 
 手術。一日中寝ていた。

 9月19日 
 朝 おかゆ、味噌汁、梅びしお、焼きはんぺん、
 昼 さんま、味噌汁、ごはん、グレープフルーツ 母と一緒に食べた。
夕 白身魚の揚げ煮、カリフラワーの酢の物、キュウリとシラスの酢の物、こうやの澄まし汁

 2時頃、シュークリームと無花果を持って、おじさん登場。
 2時30分ころ、リンパ体操の指導を受けるため、一室に集まる。手術翌日だというのに、もう歩く。

 9月20日 
 朝 ダイコンサラダ、目玉焼き、オニオンスープ、パン2枚。同室の人が、シナモンドーナツをくれたので、パンは2分の一枚にした。
 昼 豚肉野菜巻、豆腐ネギ味噌掛け、野菜おひたし切りゴマ、クラムチャウダー  754㎉ 
 夕 イカリング揚げ、筑前煮、小松菜ショウガ醤油、味噌汁 637㎉

 おじさん来る。友達のHさん来る。4時頃シャワー。ドレーンから液漏れ。主治医に処置してもらう。

 9月21日 
 朝 スクランブルエッグ、ヨーグルトサラダ、マカロニスープ、ジョア 623㎉
 昼 鰆西京漬け、イカ野菜胡麻和え、レンコン炒り煮、澄まし汁 564㎉
 夕 焼き魚おろしソース、かにかま卵とじ、ほうれん草おひたし、味噌汁 564㎉

 動きが激しいせいか、ドレーンから度々液漏れ。ガーゼを貼ってもらう。

 9月22日 
 朝 味噌味炒り卵、野菜炒め、漬物、味噌汁、牛乳 649㎉
 昼 豆腐くず煮、温泉卵、からし酢味噌 557㎉
 夕 サバ味噌煮、つきこん炒め煮(盛りが人によって大きく違う!)、なめたけおろし、味噌汁 588㎉

 2時頃おじさん来る。

 9月23日 
 朝 サバ文化干し、ナスこんにゃくみそ炒め、大根おろし、海苔佃煮 727㎉
 昼 冷ソバ、天ぷら(エビ、ナス、ピーマン、かぼちゃ、キス)、冷ややっこ、小松菜おひたし
 夕 豆腐煮合わせ、鶏肉じゃが、味噌炒め 643㎉

 今日あたり取れると思っていたドレーンは、取るのを見送り。同室のFさんとkさんは、取れた。ものすご~く羨ましくて、
「いいなぁ~、いいなぁ~」
 と、繰り返した。

 9月24日
  朝 鶏団子野菜炒め煮、小松菜かまぼこおひたし、漬物、味噌汁、ジョア 574㎉
  昼 いなだおろし煮、五目野菜炒め、白玉ぜんざい(小さい白玉3個に、あんこが小さじ一杯程度乗っている) 670㎉
  夕 タラちり風、ポテサラフレンチ、菜の花胡麻和え、オレンジ 572㎉

 2時30頃おじさんが来る。
 kさん退院。
 ドレーンが抜けたので、明日退院することに。

 9月25日 
 朝 がんも野菜煮、小松菜おひたし、わさび漬け、味噌汁、牛乳

 酒は確実に影響があるので、祝杯程度にするようにと、主治医から注意される。

 夕 生ビール3杯、寿司屋へ会計6千700円也。自転車問題なく乗れた。

 夜 傷が痛む。

 退院したその日のうちに寿司屋で祝杯、駆け付け3杯。このオバさんの運命やいかに?


               

    





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テーマ : 乳がん
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癌だ、ガ~~~ン!12年前の話

 くうみんが、ガンと診断されたのは、12年前の8月だった。胸にしこりがあるのに、自分で気づいた。かかりつけのお医者さんに言って、某ガン専門の病院を紹介された。

 私がガンの訳ないじゃ~ん!

 そう思っていた。その当時、くうみんの近くに2人のガンサバイバーがいた。年は食っていても、2人とも美人で、一人は若い頃に、六本木を歩いているとき、
「第二の吉永小百合になりませんか?」
と、スカウトされたという。もう一人も、長いまつげが印象的な美しい人だ。

 大丈夫!!私、ブスだから!

 自信満々、疑いなんて、これっぽっちもしなかった。

 それなのに、言われた。
「悪性の可能性があります」

 聞いた途端に、顔から微笑みがなくなり、血の気が引くのが分かった。

 その時の女医が言った。今度の診察には、ご家族と一緒に来てください。

 ご家族と一緒に来てくださいって、本当に、言うんだ…

 実際のガン宣告は、次におじさんと行った時だけど、くうみんにとっては、これが実質のガン宣告。通い慣れたはずの帰り道、何度も電車を乗り間違えた。

 手術するともしないとも、言っていないのに、なぜかベルトコンベアに乗ったように、手術に向かって行った。

「くうみんさん、しばらく休むそうですね。どこに行くんですか?」
「ちょっと、アーバンリゾートへ」
「楽しんできてください」
「…うん」
 当時、国民健康保険の係でパートをしていたくうみんは、自分で自分の「限度額適用認定証」をひっそりと発行して持って行った。これを持って行けば、支払いのときに、自身の所得に応じた金額を限度として、支払えば済む。ちなみに、これがなくても、後で返って来る。

 そして迎えた手術当日。12年前の、9月18日のことだった。
 手術室には歩いて行ったように記憶している。手術室のドアを開けると、そこはまるで体育館のように広くて天井の高い部屋になっていて、左右にたくさんの手術室があった。

 こんなんなっていたのか…かなり驚いた。さすがガン専門病院。手術を受ける患者がたくさんいて、それを上回るスタッフがいる。
 手術室のひとつに入って、ベッドに案内された。手術用のベッドはかなりタイトで太った人はどうするんだろうと思った。けど、ベルトのようなもので固定するから、大丈夫なんだろう。

 麻酔は点滴でする。大酒飲みなので、麻酔が効かないかと心配だったが、酒は関係ないそうだ。数を数えさせるというけれど、ここではそんなこともなく、2、3秒で意識がなくなった。

「気が付きましたが?」
 看護師さんに声を掛けられ、寝かされていたストレッチャーごと、移動した。カラカラ…昨日からいた部屋に戻って来た。

 わきの下が痛い…ナースコールをして、痛いんですけど、というと、点滴から痛み止めを入れてくれた。痛み止めのせいか、深い眠りについた。

 気が付くとおじさんが、カーテンを少し開けて、こっちを見ていた。
「これで気づかなかったら、もう帰ろうとしていたんだ」

 8時半ごろこの部屋を出て、今はもう夜の7時だそうだ。
「それじゃ、帰るからな」
「うん…」

 その夜のうちから、酸素の管が外された。次の朝、尿道の管が外されたときはすごくうれしかったのを、今でも覚えている。すご~く、不快だったから。

 脇のかなり下から、一本の管が出ていた。体液を排泄するためのドレーン。これがあるということは、全摘したか、リンパ転移があったということだ。

 どっちにしても、いい事ではない。

 でも、とにかく手術は終わった。これで終わりだと思っていたのだが、それは甘い考えだった、というのはブログの前の方に嫌というほど書いてきた。

 まあ、年寄りの繰り言と思って、聞いてやってください。

 自分がガンになる前は、
「どうしてガン専門病院なんかに行くんだろう?すぐにガンってわかっちゃうじゃん!」
 と、思っていたのに、自分がガン専門病院のお世話になってしまうとは。

 さて、このオバさんはどうなってしまうのでしょう?

 





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くうみんが再手術をしなかった訳 そしてその結果

 再手術宣告を受けたくうみんは、自分の味方を探すべくセカンドオピニオンを求めに行った。
 全摘の再手術宣告から、手術を決めるまで実は3日しかなかった。その間に、知り合いの医者に頼んで、某有名病院の紹介状を書いてもらい、セカンドオピニオンを聞きに行った。

 しかし、やはり主治医と同じ意見だった。違うのは、
「あなたが嫌なら手術を拒否すればいい」
 という点。

 だから、その先生が書いた意見書を持って、3日後の診察に赴いた。そのバカ主治医は、意見書を手に取ることもなく、

 言うことを聞けと叫ぶばかりだった。

「再手術しないなら、俺は主治医を下りる!!責任持てない!」

 別に責任持ってくれなくてもいいんだけどなあ…罵詈雑言の嵐の中、くうみんは果敢にも質問をして行った。

 Q:手術をしないと再発率はどのくらいか?
 A:30%程度になる。手術すれば再発率は3分の一程度になる。
 Q:それでは手術をしない場合、10年生存率はどのように違うのか?
 A:手術しなければ10年生存率は80%、すれば数パーセント程度向上。

 くうみんにはそんなに大きな差には思えなかった。それくらいならしなくてもいいじゃん。
 しかし、主治医はやっぱり強硬に「手術しろ~~~!」と大声をあげるのだった。それはまるで大東亜戦争のとき、セントーサ島で、日本の山下大将が敵のパーシバル司令官に迫ったときのようだった。
「YES OR NO!!」
 俯いて、苦しい顔のくうみん。

 くうみんも、この時は手術を決めかねて先に抗がん剤治療をすることになったのだ。

 もう仕方ないのかな…結局サードオピニオンまで受けたのだが、やっぱり手術を勧められた。
「しかし、あなたが嫌なら、拒否すればいい」
 他の先生は拒否できる、と言ってくれるけど、あのバカ主治医…

 サードオピニオンを受けた慶応大学病院で、付き添いのおじさんが聞いた。
「手術しなければ、主治医を下りると言っているのですが、もしそうなったら、こっちで診てもらえますか?」
「主治医が、そこまで言うんですか?」
 先生はかなり驚いていた。
「いいですよ、いつでも来てください」
 これで次に行く病院は確保できた。

 たいした差じゃないじゃん…おじさんも手術した方がいいのではないかという意見だったが、
「自分で決めろ」
 と言ってくれた。 

 ひどい脈管侵襲があると言われた。その場合、全身に癌細胞が回っている可能性が極めて高いらしい。ならば、局所だけを切り取っても、手遅れじゃん。

 それでも手術した方がいいの?手術すべきかなあ?
 と、手術することを考えたくうみんに、体の異変が起こった。

 手術することを考えると、目のまわりがピクピクした。チックだ。病院に行く時も、チックがひどくなる。自分でコントロールできないその動きは、次第に大きくなっていく。
 じゃ、やめようか?そう思うと、チックは静かになって行った。

 体が嫌だと言っている。

 そんなことはしてはいけない!するんじゃない!体が訴えている。

 今思うと、これは天の声、体の奥底からの発信、直感というものだったと思う。

 おじさんにも、手術はしないと伝えた。
 バカ主治医にもそう伝えると、意外とあっさり承諾した。他の医者に、注意されたんじゃないかね?
「診察室で大声を上げるなんて」
 あるいは、
「患者なんて、いざとなったら医者に頼るもの。そのうち向こうから頭を下げてくる」
 などと、耳打ちされて、「ドヒヒ」とお下品に笑ったかも知れぬ。

 ま~、放射線治療後、結構すぐに治療拒否して、もう何年病院に行っていないかなあ。後遺症対策の漢方薬を貰っていたこともあったけど、それもやめてしまったし。

 もうくうみんのことなんて、忘れているだろうけど、もし仮に覚えていたとしたら、「もう死んでいる」と思っているかもな。

 実は昨年、市の乳がん検診を受けた。治療後、ひょっとして初めてかも知れない。

 もし再発していたら?新しい癌ができていたら?正直どうしようかと思った。再発していたら、じたばたするのもなんだかな。ゆるい治療をするか、放っておくか。
 新しいのだったら、また考えなくてはならない。

 結果が届いた。
 診察 所見1 右異常所見なし 所見2 左異常所見なし
 マンモグラフィー 腫瘤所見 異常所見なし 
  
 ここまではオッケー。

 石灰化所見 所見あり 右乳房、明らかな良性石灰化

 「所見あり」にちょっとドキッとした。

 その他所見 異常所見なし 総合判定A

 石灰化というのはカルシウムが付着していることを言うらしい。癌がこうなったのかな?

 これからどうなるかわからないけど、とにかく、バカ医者の言うことより、自分の体に聞いて正解だった。 

 






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抗がん剤の副作用 ひどいもんだ

 抗がん剤を使うにあたって、調べてみることにした。
 一口に抗がん剤と言っても、いろいろな種類があって、同じ様な働きをする、違う種類の抗がん剤もある。はじめに使う抗がん剤のひとつにアドリアマイシンというのがあった。これは心臓に蓄積し、非可逆性(元に戻らない)ということだった。これを同じような働きをして、害の比較的少ないエピルビシンに替えることはできないかと、抗がん剤の先生に聞いてみた。

「替えることはできません、この病院ではそれを使うことに決まっています」
「でも、心臓に大きな影響が出ると聞いたんですが」
「影響のない範囲で行うので大丈夫です」

 影響のない範囲でする?この言葉を信じたが、医者の言う影響のない範囲というのは「死なない程度にする」という意味だったと後で気づく。

 調べたことと医者の言うことはなぜか、一致しなかった。
 今でもこの時のノートが残っている。
 完全奏効 100%  部分奏効 標的病変30%以上減
 完全奏効=消失が4週間以上続いた状態 治癒ではない

 禿げた頭で、勉強をしているうち、抗がん剤は副作用は100%現れるが、奏効するのはわずかに30%程度、これは100人のうち、効果があるのは30人程度ということが分かった。

 医療従事者は、抗がん剤を使う選択をする者は少ないとも言われる。

 こんな危険なものを患者に勧める。抗がん剤はそんなに悪いものではありませんよ。主治医の言うことを信じてしまった、おバカなくうみん。
 わかった所で抗がん剤治療をやめればよかったのだが、この頃はまだ医者に逆らうことができなかった。
 ホルモン剤は1年半ほど飲んだところでやめた。この頃から医者に逆らう度胸ができたらしい。それからさらに2、3カ月たったころ、漢方薬を貰いに行くだけで、すべての検査や治療を拒否した。

 これで術後12年経過している。結果オーライではある。

 術後12年経った今でも、くうみんが悩んでいるのは、手指が動かなくなったこと。
 もともとヘタな字がもっと下手にしか書けない。たまに繕い物をするときも、針と糸をうまく操れない。

 大きな動きはできるものの、細かい作業ができなくなった。今はメールもあるし、ワープロもある。だから以前ほどは影響がないのだろうが、そういう問題ではない。

 抗がん剤やホルモン剤により、卵巣機能が失われ、人並み以上に更年期障害に悩まされる。
 寒い冬の駅で電車を待っていると、突然体がカッと熱くなり、一人だけ汗がだらだら、体温と汗でメガネが曇る。ぎょっとした顔で見る近くの人。これは最近若干ましになったが。

 手指の老化が進んで起きるへバーデン結節。指の第一関節が不自然に曲がって、痛い。これも体質らしいが、90歳のくうみん母ですらこんなにはなっていない。
 腱鞘炎が持病になった。
「同年代よりも老化が進んでいますね」
 くうみんのレントゲン写真を見て、整形外科の先生が言う。ああ、やっぱりと思う。

 なぜかくうみんは大丈夫だが、みんな口を揃えて訴えるのは、「足の痺れと、いつも靴下を履いているような、妙な感覚」。

 ガン友は12年経った今でも、こういった後遺症があるという。
 くうみんにこの後遺症がないのは、走っていたからではないかと思っている。退院して一〇日ほどで走り始めた。かなり量、質ともに落とした。いや、落とさざるを得なかった。

 フィットネスクラブで最近、抗がん剤治療を始めたオバがいるのは、以前書いた。その人はくうみんも抗がん剤治療をしたことがあるのを聞いて、「抗がん剤治療をすればこんなに元気になるのね!もっと早くすればよかったわ!」
 など、くうみんの意見とは逆の希望を持ってしまった。

 これを「そうじゃないんだよ」と、くうみんが治療中の人に言うのも気が引けて、黙っている。

 確かに、サブフォー復帰も果たしたし、同年代のオバよりも体力はある。しかし、そのために、どんなに努力をしたか。その努力のためにひょっとしたら寿命も犠牲にしたかもしれぬ。それに見えない内部の老化は、確実に同年代よりも進んでいる。

 奏効率30%程度、奏効するとは4週間以上癌が消滅した状態を言う。その後のことは知らないよ。そして、重大な後遺症が有り得る。
 このことを踏まえた上で、医者任せではなく、患者本人が、治療を選択するべきだ。

 くうみんのボケ主治医、治療を押し付けやがって!乳がんの外科医なんて、患者はほとんど女だから、自分がハーレムの王様みたいに思うのかね。

 今日はこれくらいにしといちゃる!!
 
 

 
 






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ひねくれくうみん

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 年齢一億歳。
 
 病んだ乳を抱えて今を生きる。また走り始めた。涙を流しながら。

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